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高山なおみさん『帰ってきた日々ごはん12』刊行&日々ごはんシリーズ20周年記念 特集ページ


みんなの日々ごはん

何気なく、あるいは鮮やかに、心に残るシーンや言葉たち。読者のみなさまからいただいたご感想を23巻分、ご紹介します。


『帰ってきた日々ごはん⑪』

 始めて高山さんの本を知りました。
 身近に感じる文章で日々の暮らしと自分の心が重なる思いです。



 高山さんの本、出演されるTV、いつもチェックしています。チクタク食卓からファンです。神戸に引越されてからますますお仕事頑張っていて生活を楽しまれている様子。 大きな窓からの景色、本当にステキで月の夜は美しいでしょうね。御近所さんだったらお友達になりたいくらいです。
 料理も生活に必要なメニューが多くて実践的です。毎朝のトーストバターとフルーツヨーグルト美味しそう!!
 同じ女性として憧れます。11巻は自分の母の時と重なりました。



 高山さんはご自身の毎日のことを美化しすぎずに表現されるのがすごいなと思います。かといって、全てが反省文でもなく…。今回はお母さまとの日々、こうしてあげたらよかったもいくつか出てくるのですが、自分が昨年の12月にホスピスで母を見送った時のことをおもいだして、ちょっと泣いたりもしました。



 高山なおみさんが、お母様にどれ程大切に育てていただいたか、がよ~くわかる内容でした。世の中には母親に愛されずに育ち、辛い思いをしている人が沢山います。理想的な親娘関係だなと羨ましく思いました。早く続きが読みたいと思います。いつも表紙も楽しみです。
 今回は笑顔がステキなご本人の写真ですね。とても良いです。元気をいただいています。




『帰ってきた日々ごはん⑩』

 ハサミで、上部を切り、中の本を出す…。ビニールの中の高山さんのメッセージやスイセイさんの年表などを出す。子どもの頃の小学館の月刊誌の“ふろく”を取り出し、見る気分を思い出します。
 そして、本をまずパラパラと…。写真を見たり、ところどころ読んだり、あとがきやスイセイごはんを読んだりカバーや扉絵を眺める。その後、好きなところ?から読み始めます。HP“ふくう食堂”で、ほとんど読んでいるのに本がやはりいいです。文と高山さんとの距離がすごく近いほぼくっついているような、気がします。




 こんにちは。私が初めて高山なおみ様の本を書店でみかけたのが、2003年“高山なおみの料理”という本でした。ステキだね!! ということと料理のシンプルなことと絵との調和がすごくマッチしてて料理の本というよりも書物ですネ。大切に今もしております。友人にプレゼントもしました。
 私は高山様の人間性にも魅力を感じてます。心の中に感覚の高さと豊かさと素直さと素朴さがあり、子供の心を今でもしっかり持ち続けることは芸術にも通じるものがおありだと思います。“帰ってきた 日々ごはん”1~10まで書店でたのんで、今、1巻からよんでいます。すっーと、心が本に入ってゆき、楽しく読んでいます。これからもお体にお気をつけてステキな情報発信して下さい。



 なおみさんの本に出会ったのは、少し疲れていた時でした。その頃の私は、色々と頑張りすぎていて、料理もちゃんとしなきゃ!と思っていました。きっと、沢山のことを追い求めすぎてたのだと思います。
 なおみさんのレシピ、そして日々綴られる日記からは、「自然体」であることの大切さを感じます。
 周りに流されることなく、いい意味で自分のありのままを貫いて生きていこうと思います。30才でそんなことを思うのは、まだ少し早いでしょうか?
 レシピも沢山参考にさせていただいてます。夫も、なおみさんのレシピが大好きで、「これ、おいしいね」「なおみさんのレシピだよ」というのが、我が家のよくある会話です。
これからも、お身体に気をつけて、六甲での生活を楽しんで下さい。



 はずかしながら、はじめてこの日々ごはんを購入して毎日バッグに入れてくり返し読んで見て楽しんでいやされてます。 高山なおみさんの飾らない感じ、ナチュラル感、やさしさ、大好きです。 まだまだご活躍をなさってステキな作品をお願いします。 高山なおみさんという作家さんと出合えて良かったです。




『帰ってきた日々ごはん⑨』
 本の帯に書かれていた「そもそも 自分らしいって 何?」に強く共感しました。 人はその都度変わっていくものだといつも私が思っているからよけいに。 高山さんの書かれる文章は読んでいる私の栄養であり、血、肉になっていつも満ち足りた気分になります。

 コロナの日々になり、読書をする時間がふえました。ゆっくり、一字ずつ、心に景色や感情を想いながら。同じ時を生きていられる事に感謝します。


 私はいつも 高山なおみさんの『日々ごはん』が出るたび しばらく寝かせている。 読むべきその日が来たら読むために。 読んで 日常を仕切り直す感じ。 肩の力を抜いて やり直す為に必要な充電本。 今日は 仕事に行くギリギリまで 本を読むことにしよう。 洗濯なんて後回しじゃ。


 日記だって 書けること、書けないことがある。 日記との距離感についても触れられていたのが この9の中では印象に残った。 寝ることや起きること、食べること、太陽や月、空や光が、たっぷりと登場して、 やっぱり好きだな、高山なおみさんのこのシリーズ。 読みながら口角が上がる場面多し。


『帰ってきた日々ごはん⑧』
 『日々ごはん』を読んでいると、疲れてる時は休み、そしてやる時はやる!! ご飯も適当でよかったり、きっちり作ったり、その時によってでいいのか!! と楽になります。 文章だけでも高山さんの作る美味しいメニューが頭に浮かんできます!! これからも楽しみにしています。

 この本を読んでいて、たべもの九十九が読みさしになっていたことを思い出し、また読み始めました。ちょうど11月29日の日記に出てきたと思われる写真を見つけ、何年も前に買っていた本と今読んでいる所がつながり、うまく言えませんが、本はいつまでもそこで待っていてくれるんだなと感げきし、思わずペンをとりました。


 高山さんのお母さんが、「なーみちゃん、なおみちゃん」と呼びかけるたびに、同じ名前のせいか子供の頃の母親との時間を思い出して、懐かしいような、さみしいような気持ちになります。 高山さんが一人で神戸に住む今の暮らしについてお母さんにお伝えしたとき、「家族の関係は、変わっていくものだから、それが生きるってことだから。それでいいやさ」とお答えになったお母さん。母親として一人の女性としての愛情を感じました。


『帰ってきた日々ごはん⑦』
 毎号楽しみにしています。HPでも拝見しています。高山さんの日々の暮らし、料理、考え方、周りの人たちへの想い等々、とても共感できます。料理は時々、真似をさせて頂いています。ひとりの食事、手を抜かずに食物を粗末にすることなくアレンジする、見習いたいです。

 『日々ごはん』は、今の私にとってお守りのような存在です。 高山さんの日記を読むと、しあわせにってこんなにも毎日のくらしのなかにあふれているんだなあ、と思い出させてくれます。 いつもそのままの言葉で、丁寧に、高山さんがくらしのなかで感じていらっしゃることを伝えてくださりありがとうございます。


 ムラサキの空に三日月。そして、帯の言葉。 「遠い未来だけではなく、今日という日も、何にも決まっていないのだなあ」 高山さんの日記を読むといつも思う。


『帰ってきた日々ごはん⑥』
 『日々ごはん』をすべて揃えて、くり返し読んでは楽しんでいました。スイセイさんと別々の暮らしをはじめられたとき、とてもショックで、そのころを境に『日々ごはん』に触れることができなくなってしまいました。 自分が、そんなふうに受け止めてしまったことも複雑な思いでした。 はじめのころ『日々ごはん』は、賑やかで楽しくてまぶしかった。書かれていない部分のいろいろには気がつかないフリをしていたのかもしれません。
 数年ぶりにふと本屋さんで手に取った『帰ってきた日々ごはん⑥』を、今は新鮮な気持ちで少しずつ読んでいます。 人は変わっていくし、変わらない自分に向き合えるときもきっとあるんですね。高山さん、ありがとうございます。 日々ごはんと過ごしたたくさんの時間が、私の心にやわらかい雨を降らせてくれました。これからも静かに見守り、大切に読みますね。

 毎回発売を楽しみに待っています。 しかし、手に入ると読むのを勿体なく感じてしまいますし、季節が今ではないので、前の号をもう一度読み返したりなんかしています。今回の6号の表紙は手描きですね。色合いがとても可愛らしいです。


帯の「ある日の日記」を読んだだけで重なってしまって…涙が出てきて困った(笑)
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そうだ。忘れないように書いておこう。 この間、六甲駅の本屋さんで、なんの目的もなくひとりでうろうろしていたとき、 そのあと、とりたてて買いたいものがあるわけではないのに、スーパーにいたとき、 私はふと途方に暮れた。ふわふわとして、自分の正体がないように感じた。 それでもちゃんと坂を上がって帰って、お風呂に入り、ごはんを作って食べ、 早めに寝たら、次の日は前よりもたくましくなっていた。 きちんと淋しいのを感じたら、その分だけ心が丈夫になっている。 なんか、工作の仕組みみたい。(……ある日の日記より) **********
どんな時でも 食べて、寝て、 食べて、寝て、 そして、日々は続くのだ… これからも ずっと。 そして「マイナスになっても、ちゃんとある」のだ。


『帰ってきた日々ごはん⑤』
 高山さんの料理本にはお世話になっているのですが、『日々ごはん』シリーズは初めての購読です。NHKの「趣味どきっ!」を拝見し、思索的でいながら直感に従っていらっしゃるところ、独特な物の見方に興味を抱きました。本書は、著者の変化の時期に書かれたものですが、私も今変化の時期でドタバタしており、そんな中、2、3日分読み進めると心が静かになります。

 この本が発売されたことは知っていたのですが、なかなか買えなくて、やっと手に入れることが出来ました。神戸へ引っ越しをされた時期の日記を読んでみたいなあと思っていました。寝る前に少しずつ読もうとしたのですが、読み始めたら、ぐいぐいと引き込まれ1日でずいぶん読んでしまいました。

 仕事にむかうまでの数分、お湯がわくまでの数分、生活のなかにいくつもあるこんな時間、日々ごはんを手にしています。年を重ねて、なにか特別な1日よりも毎日の普通の日々を愛しめるようになった今の自分にそっと触れてくれる本だなと感じています。

 私はこの時の高山さんと逆で一人暮らしから実家に戻ってきた。どうしても実家で、家族と暮らすのが辛くなってしまい一人暮らしを始めたのだけど、その時の色々な想いが蘇ってきた。自分で望んだことなのにこれでいいのかと悩んだり、収入の大幅減や体力の問題で戻ってきたらそれはそれでまた悩み始める。自分の選択に悩みや不安が付き纏わないことはきっとないのだろうなと思う。でもそれを分かっていても、その選択が正しかったと思いたいから他人に縋ってしまったりする 自分の面倒は自分で見るしかないし、人と暮らしていても個人の集まりで家族になっていたとしても他人は他人。塊としての単位で大切に思うのではなく、個々を大切にすべき。


『帰ってきた日々ごはん④』
 高山なおみ様。
 読んでいる途中、何度か涙がこぼれそうになり、その度に本を閉じました。そしてしばらくしてまた読むとくり返しました。この頃のなおみさんの気持ちと、今の私が重なるところがあってそこで私の思いが一気に流れてしまいそうになったからだと思います。いつも正直ななおみさんを、私は勝手に遠くにいる友人のように思ってしまう時があります。これからもずっと大好きです。

 たぶん私の人生の中で高山さんとお会いすることはないと思う。 例えば知り合いの中に高山さんが居たとしても、もしかすると友人になったり親しくなろうと思わないかも知れない。なのに高山さんの本は大好きで何度も何度も読み返してみる。 暑い夏の日、横になって読みながら、そのまま昼寝。どこか高山さんに同化しているような気持ちになりながら。

 高山なおみさんの『帰ってきた日々ごはん④』を読む前に①~③を読み返しておこうと始めたら途中『今日もいち日、ぶじ日記』入れなきゃ日付飛んじゃうでしょうってなって、そしたら武田百合子さんの『富士日記』も再読しなきゃってなってしまい、なかなか④にたどり着けない…。

 書かれている内容や文調が少しずつ変わっていき、一日に書く量も増えていく。 高山なおみさんの中で今までと違う化学反応みたいなのが起きて、外に出さないとどうしようもなくなっていたのだろうな。一人で長めの散歩に出るのも自分自身との対話の時間だったのではないかしら。そして頭ではなくただ単純に体を動かす時間は、思考がリセットされてぐちゃぐちゃになっていたものが解けていく。 他のだれでもなく、自分自身に正直になるのって言い訳がきかないからとても怖い。 感覚で生きてるのって危なっかしいと思われがちだけど、本当は一番シンプルな方法なのではないかしら。


『帰ってきた日々ごはん③』
 くるんと丸く手になじむ大きさと紙のやわらかさが好きです。自分の本棚にあると安心する本です。 ちょっと具合の悪いとき、ふとんにくるまって、又はソファーに深々と腰かけてぬくぬく温まりながら読むのが最高に好きな読み方です。 読んでいて、当時の自分の心境がわーっとよみがえる瞬間があります。

 『日々ごはん』がブログで始まり、本になった頃からずっと大好きです。書面から感じる色、匂いが、心のやわらかいところに触れる気がします。だから、本当に心が弱っている時には読めませんが、いつも高山さんの本は何かしら持ち歩くくらい私の中で日常の“手持ち友”になっています。

 私は23年程前、バイト先の人からサンケイリビングという新聞を見せてもらい、高山さんがレストランのシェフとして載っていたのを見てから、23年にわたりずっとファンです。 今も高山さんの本やふくう食堂を読んで、自然にも人にも物にもそんな見方があったなんて!と楽しくなります。

 季節が二度巡るので、毎年同じ様な事を思っていることが分かる。日々は同じことの繰り返しだけれど、どこかが少しずつ変化している。同じ景色も、同じ瞬間もないのだけれど繰り返しの中で同じように美しいと思う。変化して、変化しないこと。毎日を生きる。


『帰ってきた日々ごはん②』
 『帰ってきた日々ごはん②』待ってました。『日々ごはん』との出会いは心がやさぐれていた頃、なんとなく手にとった本でした。心の置き所がない日々の生活に、日々ごはんを読むことでなんとなく整理されていくような気持ちになり、それ以来、高山さんの日記は全部集めました。心がそわそわしたり、暗い気持ちになると何度も何度も読み返しています。

 高山さんの文章が好きです。すごく安心します。通勤時の電車で読ませていただくことが多いのですが、すごく仕事で疲れた時にも、高山さんの『日々ごはん』シリーズを読んでいると、フッと自分にかえれる、というか、ほっとすることばかりです。そして仕事中心の生活でも、生活や暮らしに目が行くようになります。

 18年間も日記を書き続け、発表し続けていることはやっぱり簡単にできることではない。
日々の出来事を淡々と書くということは、常に五感をフルに開放し、世界の音や味や色やものを感じ、言語化するということだ。 もしかすると高山さんにとっては息をするのと同じぐらい、料理をすることと同じぐらい自然なことなのかもしれない。そう思わせてくれるところがこの日記シリーズのすごいところで、読むのがやめられなくなるポイント。

 「ずっと日記が書けなかった。開いてくださった方、ごめんなさい」との記述があります。 日記、というか文章が書けなくなる時ってあります。私が思うのは、気持ちが違う場所にある時と、気持ちの置き場がない時です。とても良い方向の時と、悪い方向の時とがあります。 余裕、という感じもありますが、ちょっと違う。 例えばそれは、人のことを大切に思う感情がそれまでと違ってきたり、自分の人生を真剣に生きるんだ、という思いが強くなったり、そんな気がします。 自分の人生は、誰かがどうしたとか、誰かがいるとかいないとか、そんな事ではなくて、たった一人の自分の事を自分がどうするのか、ではないのだろうか。


『帰ってきた日々ごはん①』

 帰ってきてくれて、本当ーーにうれしいです。
この機会にこれまでの12冊も読み返します。高山さんにとっての『富士日記』の存在にあたるものが私にとっての『日々ごはん』です。
高山さんの文章の大ファンなのに料理が苦痛なままで申し訳ないですが… 日々を大切に生きることは充分教わっています。これからも、その感受性に触れられますように。

 待ってました!!日々ごはん! 書店で見つけた時、うれしさのあまり思わず「アッ」と声が出てしまったほど。高山さんの本を読むと日々のくらしを(平凡きわまりないが)大切にしようとあたたかい気持ちになり、空を見たり草花に目を向ける心のゆとりが生まれます。おいしいごはんは家庭をまーるく包んでくれますね。

 本屋で『帰ってきた日々ごはん①』をみつけ、うわーい♪と嬉しくなりました。『日々ごはん』がとても好きでぐるぐるぐるぐる読んでいるのに。(…)普通の主婦として子育てしながら日々暮らしていると、高山さんの日々ごはんやチクタク食卓は一番よい相棒になります。ちょっとくたびれたなあ…と思うときでも夕ごはんつくろうかなとか、お掃除をちょこっとしとこうかなとか、洗たくものたたもうかな、という気がおこるのです。


 この本のおしまい側にあった一文が脳天直下、目から鱗の素晴らしさでした。
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ていねいな暮らしとか、ていねいに生きるとか、ひところよく言われていたけれど、私はずっとへんてこりんな感じがしていた。 掃除をきちんとしたり、規則正しく生活したり、料理をこしらえてちゃんと食べたりすることは、「ていねいに」ということと、簡単にはつながらないような気がしていた。 そういう、人がするようなことではないんだと思う。 もっと、大きなものに寄り添うことのような。 もしも「ていねいに」ということが、生きることの中にあるとしたら、一日の間でも大きく移り変わっていくお天気のような、人知では計り知れないようなものごとを、しっかり受け止め、感じること。 ごはんをちゃんと作ろうとしたり、掃除をしなくちゃと焦ると、見逃してしまうようなこと。 だから、ごはんをきちんと作らなくても、掃除をしっかりしなくても、寝坊しても、ぐだぐだと暮らしても、引きこもっていても、ていねいに生きられる。 どうなんだろう。
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 食べる物を作る人なので、何かしらの工夫を知らず知らずして毎食賄っているのかな?と勝手に想像していましたが、高山さんの食卓に時々出てくる素ラーメン。インスタントラーメン、だけ。ネギも卵もなし。「ポテトサラダ(スーパーの)」とかもよくある。 高山さん、何もしない!と決めた日は本当に何もせず布団の中で本読んだりしてる。この潔さが私にはない。見習おう。


『日々ごはん』シリーズ





 1日を振り返って、これだけの文章の日記を書けたらいいなあと思います。 書いてあるのは何気ないことも多くて。 窓を開けたら小学生姉妹が歩いていた、とか。 そして、図書館に行くのかな、お母さんは家で掃除でもしてるのかな、と考えたことも書いてある。 そんなことを心に留めたり、思い出して書いたりする時間を持っているのもいいなあと思ったのでした。 時々入っている写真やレシピも嬉しい。 スイセイさんの広島弁も、なんだか嬉しい。「ほいじゃあ」これ、私も言います。

 日々、家庭料理のいろいろなヒントをもらっています。 この巻だったか忘れましたが「食欲味噌」が紹介されていた。味噌に生姜、茗荷、葱、大葉、にんにくなどの薬味を刻んだのをたくさん混ぜ込んで、少しの酒とみりんも入れて、冷蔵庫で保存。 炊きたてのご飯にのっけたり、厚揚げにのっけたりして、とにかく食が進むのです。酒の肴にも良さそう。

 落ち込んだときほど、毎日の積み重ねとシンプルに美味しいごはんが大事だなぁと思いました。 なおみさんの日々にすごく救われた。 あぁ、毎日食べて作って、読んで食べてを繰り返す、愛おしい文章。 お野菜は小さな自然、は覚えておきたい。

 ずっと読み続けているこのシリーズ。 食べること、生活すること、自分の声を聞くこと、 生きることは生活だし  「よく」生活することは最近はもはや命題とも言われている。 高山さんはパワフルによく生きる為には傷つくことも痛みと向き合うことからも逃げない。
「よく」 良く、欲、好く、善く、能く、克く どれも選べる。
人を大切に それと同じくらい自分の声も大切に  そして、それらを選べる力を蓄えたい。そんな気持ちにさせてくれるシリーズ。


 高山さんの本を読むと大人になってもありのままでいいんだよねってことや、何でもない1日の大切さだとか、そんなことを何だか感じて肩の力がふっと抜けるような気がする。いつも。

 静かにささやかに生きているのに、いつも人生を劇的に変化させている。こんなふうに日常を切り取って誰かに見せるのには勇気が必要だし、あとからそれを自分から切り離す潔さだって必要。 ひとに弱さを見せられる強いひと、とは、きっとこんな高山さんのような人のことを言うのだと思う。

 『日々ごはん』を最初から再読。 良い意味でギラギラしている、2002年。 これを読んで苦手な料理に挑戦して、身体を整える気持ちになったんだよなぁ。 面取りなんてしなくてもいい、とか心強い。 ずっと近くに置いておきたい感謝の本。

 『日々ごはん』は大好きなシリーズで新刊が出るたびに本屋さんに足を運びました。 高山さんの書く文章が好きでずいぶん影響を受けたし、「塩豚」は我が家の定番メニューになりました。 しばらく読んでいなかった間に高山さん神戸で、スイセイさんは山の家での新しい生活が始まっていました。 おふたりの新しい生活を『帰ってきた 日々ごはん5』から辿っています。


 高山さんの心の中まではわからないけれど
日記に記されている さらさらと流れる日々は 読んでいて心地よい  良い時も悪い時も同じ場所はなくて ずっと時間が流れていくんだと思うと  わからない先を考えるより 今を楽しまなくてはと言う気持ちになる

 もらったカリフラワーが生でもおいしかったとか、 旦那さんが寒い中帰ってきたから、おでんをおいしく食べたとか。 とてもささいなことが、人生の真ん中にある。


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