デザイン:五十嵐 傑(pieni) イラスト:ペカ

アノニマ・スタジオWebサイトTOP > もうひとつの日本を訪ねて。Welfare trip もくじ > 01 特定非営利活動法人さんわーく かぐや(神奈川県藤沢市)

日常の生活から離れ、小さな旅をしたくなったら、私は福祉施設を訪ねます。
障がいのある人や、ひきこもって社会との接点がなくなった人、家族と暮らせない人などが通う所です。

「なぜ、そこに行くの?」と訊かれたら、お手伝いできる仕事があるかもしれない、ということを口実に、単純に、好きだから、行きたくなる、と答えます。

各地の施設を訪ねるようになって十数年、その数は300箇所くらいになります。
地域ならではの手仕事を、福祉施設と一緒にやっている方たちともお会いしました。
これまでに出会った、私が心惹かれた場や取り組みをご案内させてください。

福祉という切り口から見た、もうひとつの日本の風景。
ここで一緒に小さな旅をして、新しく出会う景色に思いを寄せていただけたら、嬉しく思います。

地域を耕し、豊かさの種を蒔く、住宅街の隠れたブータン

01 特定非営利活動法人
さんわーく かぐや

(神奈川県藤沢市)

写真提供:さんわーく かぐや

住宅に囲まれた竹林と実がなる木々の里山


 小田急線の「善行」駅で下車、駅前スーパーと線路の間の坂を上り、住宅街の路地を歩く。コンクリートの階段を降りて、「さんわーく かぐや」の看板を見つけたら、小さな白い平屋建ての家の脇から、細く急な階段を一歩ずつ降りていく。すると、その一角だけ時間が止まったかのように、緑の木々に囲まれた静かな空間が目の前に広がる。初めて訪れる人は、住宅やマンションが建ち並ぶ周囲とのギャップに戸惑ってしまう風景だ。


 約2000坪ある敷地の中の竹林を眺めながら、ゆるい坂をさらに降りて行くと、ニワトリが地面をつついて歩く姿と小屋が見えてくる。ニワトリたちの間を割って、ゆっくり長靴で歩く一人の中年男性が、地面に置かれた桶にホースで水を溜め出した。
 その人の名前を呼んで「お客様がいらっしゃいましたよー」と優しくあいさつを促してくれたのは、さんわーく かぐや(以下「かぐや」)の理事長、藤田靖正やすまささん。
 農作業用の帽子を深くかぶった男性は、目を合わせないまま、黙って小さく頭を下げる。



 藤田さんは、1本の木を見上げ、葉っぱをちぎって差し出してくれた。顔を近づけると、ほのかに酸っぱい香りがする。
 「これはレモンの木なんです。葉っぱもレモンの香りがするでしょ? 昨年もたくさんの実がなりました。あ、このビワの木も毎年1000個近い実がなるし、あっちのキウイの木にもたくさん実がなって、メンバーのみんなと収穫して、『かぐや祭り』でジュースにしてお客様にも飲んでいただきました。梅の実も毎年のように梅干を手づくりしてます。ビオトープもあるんですよ」と、指差しながら笑顔で説明をしてくれる。
 そこかしこに、たわわな実のなる木々。それだけでも、このかぐやの場が内包している豊かさのようなものが伝わってくる。



社会参加の一歩目として、もうひとつの居場所に


 かぐやは、「日中一時支援事業所(※)」と呼ばれる、定員10名の福祉施設。メンバーというのは、朝から夕方まで、ここに通う人たちのことだ。
(※神奈川県藤沢市からの行政委託事業として登録。地域の中で暮らす障がいのある人が、家族の手を離れて朝から夕方までを過ごす場になるが、各自治体によって制度は異なる)
 何らかの形で働くための就労訓練となる福祉施設は、医療機関で身体・知的・精神、いずれかに障がいがあると診断を受け、行政が発行する「障害者手帳」を所持する18歳以上の人が通う場所。しかし、かぐやは年齢に関係なく、「学校に行きたくない」「会社で働けない」などの理由で家にひきこもり、社会生活が困難になってしまった、いわゆる障害者手帳がないグレーゾーンの人たちでも、精神科の通院歴があれば、「まず家の外に一歩出てみる」というリハビリとして通うことができる。


 一方、アルコール依存や「希死念慮」という自死を考えてしまう症状のある人など、他の福祉施設で断られてしまう人を受け入れることもある。たとえば、37年もの長期間、統合失調症と診断され、精神科病院に入院して社会との接点が少なかった50代の男性が、現在かぐやに通っている。
 そのような人を迎える時、かぐやではどのような準備をするのだろう?

 「うーん、37年ものブランクがあって、さすがにどうなるか初日は不安でしたけどね。メンバーのみんなが笑顔で迎えたら、その男性のこわばっていた顔がふわっとやわらかくなって、あ、心が通じたな、うまくいくかも、そんな感じでした」
 37年間の入院と聞くと驚いてしまうが、藤田さんいわく、そのような人に対しても準備は不要らしい。
 かぐやでは「福祉施設」「障がい者」といった言葉は「心の壁をつくってしまうから」という理由で使わないようにしている。
 そんな、世間の喧騒からかけ離れ、ゆっくり時が流れる空間で、屈託のないメンバーの笑顔で迎えられたら、長年社会と離れていた人の頑なな心でさえ、ほぐれてしまうのかもしれない。もちろん、すべての人には通用しないとしても、かぐやを訪れたことがある人であれば、なんとなく理解できるのではないだろうか。



 日本の精神科病院の病床数(=入院ベッドの数)は世界一多く、入院日数は世界一長いという統計がある。西欧や北欧の福祉先進国では、当事者を隔離入院させてしまうより、地域の中で暮らしながら通院させようというのが一般的になっている。しかし、日本ではまだ、精神科病院のあり方の問題、地域で理解を得る難しさ、受け入れ先がないなどの理由から、長年にわたる入院は決して珍しいことではない。

お金に換えられない心の豊かさを求めて


 かぐやは元々、藤田さんの祖父母の代からの所有地を、母親の慶子けいこさんが継ぎ、アトリエにしていた。木彫家である藤田さんも、10代の頃からここをアトリエとして木と向かい合い、作品を彫っていた。銀座の画廊や百貨店などで「人気の若手木彫家」と紹介されると、一体が数十万円から数百万円で売れていったという。
 しかし、時間をかけて精魂込めた作品の多くは、見知らぬコレクターなどの手に渡り、藤田さんは二度と会う機会がない。手元に残るのは、紙幣という何かを買えば消えてしまう紙切れ。そのことに虚しさを感じ、いたたまれない気持ちになったという。
 「自分の命を削るようにつくった作品をお金に換えて、また次の作品づくりに取り掛かる、その繰り返し。お金を稼ぐために生きるのは、本当の幸せや心の豊かさにつながらないと感じてしまったんです」。



 藤田さんはその頃、アトリエの隣に越して来た男性とアート談義が弾み、すぐに親しくなったそうだ。その男性が、母親の慶子さんと、精神障害1級の診断を受けた妹さんと会った際、福祉事業の立ち上げを手伝ったり、運営をしていた人だったことが発覚。慶子さんが悩みを相談するようになり、アトリエの敷地で日中一時支援事業所を立ち上げる話が進んだのだという。
 そして藤田さんが28歳の時、妹さんと生きづらさを抱える地域の人たちと共に、「暮らしをアートする」日中活動がここで始まった。

 名称に込めた想いについて、藤田さんはこう話す。
 「太陽(Sun)の下でのびのびと働く(Work)ことと、月と竹の象徴であるかぐや姫の二つを合わせて“さんわーく かぐや”になりました。太陽と月、昼と夜、表と裏、何事にも全て“陰と陽”があって、どちらも必要なものですよね。その人の全て丸ごとを受け入れ、お互いを認め合い、誰もが自然体のままで楽しみながら、共に生きていける場でありたいと願って、命名しました」



つくれるものはできるだけつくる、持続可能なかぐやの暮らし


 かぐやの主な活動は、生きる力をつけるための農作業と創作活動の二つ。 実がなる木からの収穫はもちろん、近隣の農家さんから田んぼや畑を借りて、メンバーのみんなはせっせと米や野菜を作っている。

 在来種の大豆を畑で収穫して1年分の味噌を仕込む。お正月には自分たちで育てたもち米で餅つきをする。春には竹の子を掘り、切り出した竹で竹の子ご飯を炊く。夏は流しそうめん。長い竹を加工して、近所の人たちと器や箸を手づくりして一緒に楽しむ。
 小麦を収穫したら、小さな手回し製粉器に入れて小麦粉作り。それに自家製の塩とヨーグルトを加え、こねて伸ばし、逆さまにした鉄鍋の底の部分に貼り付け、焚き火を使ってナンを焼き、手づくりカレーと一緒にいただく。
 野菜の皮や生ゴミは捨てずに、ニワトリの餌や畑の堆肥となって循環されていく。
 すべては一から手づくり。種から育て、収穫をして、美味しくいただき、土に戻していく。それらを体を動かしながら、工夫しながら、当たり前のことのように日々を楽しんでいる。


写真提供:さんわーく かぐや

 かぐやでは年に二度、冬の恒例行事として、車にポリタンクをたくさん積み、メンバーや支援者らと海岸まで「潮汲み」に出かける。ポリタンクに海水を500リットルほど汲んで来て、大鍋に入れて火にかけ、ひたすら煮詰めていくのだ。塩の結晶ができたら、ニガリ分を搾り、さらにバットに広げて天日干で乾燥させ、かぐやで使う1年分の塩を手づくりする。
 一番最初にできた塩のうわずみは、雪の結晶のようにふわっと柔らかく、とてもまろやかな味。結晶はキラキラと輝いている。

写真提供:さんわーく かぐや

 また、ストーブの薪割りと火の管理も、もちろんメンバーの仕事。一人の女性メンバーが、手際よく切り株の台の上に薪を置き、斧を握って両手で振り上げ、軽快な音を立てて薪割り作業をこなす。
 普段は言葉を発しない、うつむき加減のおとなしいこの女性が、藤田さんに「ノコギリをお願いできますか?」と言われると、こくんと頷き、ノコギリを手に倒れた木材を足で押さえ、ストーブに入る大きさに揃えて切り出し始める。
 別のメンバーが薪をくべ、大きく燃え出した薪ストーブの火を、手慣れた様子でトングを使って落ち着かせる。


 メンバーは、夕方になるとそれぞれ、電気やガスで暖房も調理もできる自宅やグループホームに帰って行く。でも、かぐやに居る昼間の時間は、ここでもう一つの家族のように、力を合わせ、季節と天気と体調に合わせて、一つ一つを自分たちの手で創造しながら、野生的に生きている。

 藤田さんは、かぐやを少人数のコミュニティとして捉え、各国の先住民族の暮らしを参考にしたそうだ。自然の摂理の中で円環的な暮らしを重ねる自給自足の生活をしながら、コミュニティのルールについては文字に残さない、もしくは文字そのものを持たない民族も多いという。
 「かぐやも小さなコミュニティだからこそ、あえて文字にしないでメンバーの主体性に任せ、問題が起きたら個別に声をかけに行く。それぞれが感じたことを話してみる。その方が、思いやりで支え合う関係性がつくりやすいんじゃないかと思うんです。言葉って強い力を持っていますよね。かぐやであまり言語化しないのは、暮らし方に正解というものがないからです。文字化したルールを持たなければ自分で考えるようになるので、そうやって、それぞれの考えを大事にしてほしいんです」

写真提供:さんわーく かぐや


地域の人がかぐやに関わりやすいようにデザインする


 かぐやのメンバーとスタッフの間に上下関係はなく、フラットな関係をつくっている。メンバー本人の主体性を尊重して、それぞれ自分でやりたいことを考えて決める。みんなが平等。中には寝っころがることが好きな人もいる。サボってる人もいる。でも、誰も責めないし怒らない。  「○○さん、いつも寝転がってるのに、今日はあんなに頑張ってて、大丈夫かな?」と心配をするメンバーもいる。
 掃除中に、突然一人のメンバーが踊り出し、それに合わせてみんなが笑って踊り出す、そんな光景も日常茶飯事。

 「大事なのは思いやりですね。自分がされたくないことはしない、人としての尊厳を大切に、制限をかけず、押しつけない。寝ててもいいし、働かなくてもいい。それぞれのペースで動きます」



 藤田さんは、「ハームリダクション」という、カナダのトロントなどで成果を上げている薬物依存症の療法を例に挙げて教えてくれた。
 「最初から薬物投与をゼロにはできないという前提で、依存症の方の健康を最優先に寄り添う療法です。ここに警察は来ないし、注射を打ってもいいし、何でも言えるよ、という安心できる場をつくり、全てを受け止めることで回復させていくという手法です。罰を与えて薬物をやめさせようとすると、支援の関係性がつくれません。本当はやめたいのだという気持ちを引き出し、そこを支えることが役割だと思うんです。まさに僕たちが考えている地域福祉もこれと同じ考え方です。処罰的な支援では継続的な関わりがつくれません。地域福祉って、当事者を受け止める力のことだと思うんですよ」




 より良い地域福祉のために、藤田さんは、かぐやの中だけでなく、地域の人たちとメンバーとの出会いの場を積極的につくり、地域でありのままを受け止めてもらえるような関わり方をデザインしている。
 「かぐやの外で、メンバーが突然声をかけてびっくりさせてしまい、子どもを連れて逃げてしまうお母さんがいたり、失敗やご迷惑をかけてしまうこともたくさんあるんですが、ありがたいことに、見守ってくださる方、協力してくださる方もたくさんいます」と藤田さんが言うように、かぐやのメンバーは、月に一度、商店街の飲食店やベーカリー、フラワーショップなどで職業体験をさせてもらっている。
 受け入れ先のお店の人たちも、その日を楽しみにしているようだ。また、地元のイベントに参加してほしいとメンバーに声がかかる。働く場を見つけ、卒業していくメンバーも多い。



 私は、かぐやで発行している「かぐや便り」の100号記念タブロイド紙を制作させていただいたのだが、その制作費や印刷費を、かぐやのメンバーが商店街のお店を回りながら、「私たちの新聞に広告を載せませんか?」と営業をして、なんと25件ものお客様を集めてくれた。広告費をいただいお店紹介は、メンバーが直筆で描くというサービス付き。刷り上がったタブロイド紙は、25件のお客様たちがフリーペーパーとしてお店に置いて宣伝をしてくれる。
 かぐやのメンバーが、いかに日頃から地域の人たちに愛されているかを垣間見た思いがした。

 以前から、かぐやのカフェをつくる計画がある。しかし、藤田さんの「お金に換えられない豊さ」へのこだわりから、なかなか進まないのだという。
 「一時期、メンバーの人たちの創作品を次々イベントで販売して、売上金を全てメンバー本人に還元していたことがあったんですね。すると、作品をお金にすることに意識が向いちゃって、自分のことばかりやろうと、競争が生まれ、隣の人を助けようとしなくなって。いきなり、かぐや全体の雰囲気がギスギスしてしまったんですよ。急に心の豊かさがなくなってしまったというか。それでまた元に戻したんです」
 そんな出来事もあって、地域でのカフェのあり方を考えると、藤田さんの頭の中では社会構造を変える構想にまで膨らんでしまうようだ。

写真提供:さんわーく かぐや


 年に一度、秋に開催する「かぐや祭り」では、全国からアーティストやファンが集まり、パフォーマンスを披露している。そのお礼もお金ではなく、かぐや自家製の海の塩、梅干、味噌、お米などを差し上げ、喜ばれているようだ。
 世界で最も幸せな国といわれるブータン。日本のなかの、住宅街に囲まれた一角にあるブータンのようなかぐやで、お金に換えられない豊さを感じるカフェは、どのような形で実現していくのだろう。
 ゆっくり進化しながら、いつ来てもほっと安心するかぐやの母屋で、藤田さんのお話に耳を傾け、自家製の糠床の沢庵とお茶をいただき、陽が沈んで暗くなっていく竹林を眺め、これからのかぐやに思いを馳せてみた。

写真:長谷川美祈


<<連載もくじ はじめに>>


羽塚順子(はねづか・じゅんこ)

特別支援学級で障害児を指導後、リクルートでの法人営業などを経てフリーライターとなり、3000人以上を取材、執筆。2009年より社会的に弱い立場の人たちと共存する母性社会づくりをライフワークに取り組み、伝統職人技を自閉症の若者が継承するプロジェクトなどでグッドデザイン賞を3回受賞。
MotherNess Publishing


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