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文・写真・題字/宮本しばに


第12回 
根っこ野菜のグリル焼き with スパイスドレッシング


 「手」はこころを伝えるための道具である。

 手は感じ、考え、形づくる。
 やさしさを、厳しさを、そして温かさを伝える。
 からだのどこかが痛いときには手でさすり、いい子ね、と子供の頭を撫でる。
 握手は相手への親愛の情を表す。
 言葉よりもずっと深いところで、心を鎮めたり癒やしたりする力が、手にはあるのだ。

 7歳の頃だったか、悪いことをして母にビンタを食らった。痛くて大泣きしたけれど、泣き終えた頃には母への想いがいっそう募り、ふてくされずに「ごめんなさい」が言えた。いけないことはいけない、を母は手で伝えてくれたのだ。

 ある豆腐屋の店主が、テレビ番組の中でこんなことを言っていた。
 「豆腐は誰でも作れると思うよ。でもそこに、どれだけ自分の気持ちを入れられるかなんだ。」
 真理をついていると思った。けれど、自分の気持ちを入れるというのは結局、何をすることなのか。
 考えるにそれは、
「誰かにおいしく食べてもらうために、手やこころをどう働かせていくのか」
ではないだろうか。「おいしくなーれ」とただ唱えているだけでは何も変わらない。食べてくれる人に、それは自分も含まれているが、少しでも喜んでもらうために一生懸命に手を動かす。食材や道具にも礼を尽くす。それが「自分の気持ち」を表すことであり、食べる人に伝わるのだ。

 レシピ通りに作れば皆、同じ料理になるのかというと、決してそうではない。レシピに書かれていないところが実は大事で、手の働き方で料理は決まるのだ。

 たとえば小松菜を炒めようとする。「炒める」という一語の中には、いろいろな動きが含まれている。
 小松菜を洗ったら、よく水気を切らなければ、できあがりが水っぽくなる。
 芯と葉を分けてカットし、時間差で炒める。
 終始強火。短時間でパリッとした仕上がりにする。
 少量の日本酒でコクと香りを出す。
 醤油をひとまわし鍋肌にかけて、焦がし醤油にしてから、最後は塩で味を決める。
 と、こんな具合だ。小松菜を炒めるだけなのに、おいしくしようとする手の動きはいくつもある。

 手を使うこと。
 この基本を失わずにモノを作るところに、人の温かさと忍耐強さを見出すことができるのだ。どんなに便利な世の中になっても、この基本を失ってはいけない。

 冬になると、信州の直売所に並ぶ野菜は乏しくなる。大根、人参、白菜……冬野菜というと煮物とか鍋料理をつい思い浮かべてしまうけれど、今日は「根っこ野菜」(根菜類)を洋の姿に変身させてみよう。





 「根っこ野菜のグリル焼き withスパイスドレッシング」。どこか洒落ているネーミングだけれど、鉄フライパンでじっくり野菜を焼くというシンプルな一品だ。ひと皿に盛られた根菜の姿が美しい。






 まずドレッシングを作る。
 すり鉢に粒こしょう5、6粒を入れ、すりこぎで粗く叩き潰す。
 炒りごま小さじ1を加えて粗くする。





 ニンニクと玉ねぎ少々を、すり鉢のすり目に当てて5、6回ほど、おろすようなイメージで回し、香りをつける。余ったニンニクと玉ねぎは、他の料理に使ってもよし、他の野菜と一緒に焼いてもいい。
そこへ塩小さじ1/2を加える。





 醤油を少々垂らしたら、ゴムベラでひとつにまとめる。
 小鍋にオリーブオイル大さじ3、マスタードシードとクミンシードを小さじ1/4ずつ入れて火をつける。





 火は中火。マスタードシードがバチパチと音を立てて跳ね出し、煙が出てくる。ホールスパイスの色が濃くなり、香りが立ち上ってくる。このタイミングで熱々の油をすり鉢に入れる。





 ジュッと音を立てて、すり鉢の中に瞬間、火が入る。食欲をそそる香りだ。
 そこへ酢大さじ1を加え、すりこぎで混ぜたら出来上がり。
 作り置きしているドレッシング(塩、こしょう、オイル、酢、マスタード)を使うこともあるけれど、スパイスドレッシングと焼き野菜の組み合わせに勝るものはない。


 さぁ、野菜を焼こう。
 今回は赤大根(別名:紅化粧(べにげしょう)大根)、カブ、人参、さつまいもの4種類を使う。
 旬の野菜を使えば一年中作れる料理だから、今の時期は蓮根、じゃがいも、キノコなどもおいしいし、春になれば菜の花やアスパラガスが待っている。夏のズッキーニ、茄子、パプリカも楽しみだ。

 まず大根の皮を剥いて、幅1cmぐらいの半月切りにする。
 と、ここで失敗したことに気がついた。ぼーっとして赤大根の皮を剥いてしまったのだ。赤ピンクのきれいな皮がなくなり情けない姿になった赤大根に謝り、料理を続ける。
 さつまいもは棕櫚(しゅろ)たわしで表面を洗い、大根と同じ半月切りにする。





 大根やさつまいものような、火を通すのに時間のかかる野菜は、あらかじめ蒸したり茹でたりしておく。私は中華セイロで10分ほど蒸すことにしている。蒸すと旨みが閉じ込められるし、色も良い。茹でる場合は塩を少々入れた湯で5分ほど茹で、ザルに取る。どちらにしても、火を通しすぎると香りもおいしさも半減するので、まだまだ硬いぞ、というところで止めるのがポイントだろう。大抵の野菜はこの行程を省ける。
 カブは皮を剥いて縦4つ切りに。人参はピーラーで皮を剥いて縦半分にカットする。太めの人参だったら縦4つ切りに。

 さぁ、焼こう。
 鉄フライパンにオリーブオイルを大さじ1/2ほど入れて火をつけ、フライパンを回しながら油を全体に馴染ませる。煙が出てきたらひと呼吸してから弱火にする。





 野菜を入れて蓋をし、弱火で15分ほど蒸し焼きする。
 蓋を開け、焼いている側の野菜の焼き色を見て、焦げ目があまり付いていないようであれば、少し火を強くして焦げ目をつけ、裏返す。
 ひとつひとつの野菜に塩をぱらりとかけ、再び蓋をし、弱火で蒸し焼きする。
 焼き上がりの目安は楊枝で刺してスーッと通ったらできあがりだ。両面合わせて30分ほど焼いただろうか。硬めが好みであれば、時間を短縮する。野菜によっては焼く時間をずらすこともある。
 皿に盛りつけ、スパイスドレッシングをかけて出来上がり。

 皿に盛られた焼き野菜たちの凛とした美しさが、何よりのごちそうだ。今日はマッシュルームのリゾットと一緒に。

 夫を呼んだ。
 ドアを開けた途端「なんだかすごくいい香りがする」と言いながら席についた。
 この料理があるおかげで、暗い冬が少しだけ華やいで見える。
 あっという間に皿の野菜がなくなってしまった。料理に時間をかけても食べるのは一瞬だ。でもそれでいいのだ。手やこころを動かせた証拠だから。







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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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