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文・写真・題字/宮本しばに


第9回 
雑多な手混ぜサラダ

 子供時代は母の料理だけで育った。ちょうど流行りはじめたファミレスには一度も行ったことがなかったし、当時はお惣菜を買うという発想がそもそもなかった。外食といえば、どこかの帰り道、駅の近くのラーメン屋で餃子を食べたぐらいの記憶しかない。
 家の食卓にいつも並んでいたのは、お惣菜や炒め物にごはんと味噌汁。目新しい料理など食べたことがなかったけれど、それが当たり前だったし、誰も文句を言う者はいなかった。生まれたときからひ弱で食が細かった私が、普通に学校に通えたのは、母の料理のおかげであったことは明らかだ。
 私にとって「正しい食事」とは、食物成分表や食事バランス表にあるような、無機的な説明では表すことのできない、台所仕事に心をかたむけた人の「真心」という栄養を食べることなのだ。

 十代のときに亡くなった母に、料理を教わる機会はなかったけれど、母の味はどこかで記憶していて、今もそれを引っ張り出しながら料理している。自分だけが知る味だから、誰かに聞くことはできない。たぶん母の味をそのまま復元したいのではなく、子供の頃に食べた「安心する味」を上書きしたいのだ。

 料理には算数みたいな答えはないから、安心する味を見つけるのは少し難儀かもしれない。けれど誰かのレシピは「わたしの料理」ではないし、それに準ずる必要もない。
 「この味は違う」と感じることがまず大切で、そう感じたら、いったい何が違うのかを、舌と頭で考える。
 甘いのか辛いのか。薄いのか濃いのか。何が足りないのか……。
 料理は自由。やっていけないことなど、ひとつもないのだから、調味料を足していくのもよし。食材を替えるのもよし。失敗したってどうってことはない。また作ればいいのだ。そもそも失敗して味を調えていくのが料理だから、「安心する味とは?」を自問し続ける。

 料理を素描するというのは、自らが求め、感じ、自分の味を見つけていくことだ。

 春先になって直売所では、おいしそうなサラダ野菜が並び出した。長い冬が終わると、無性に緑の野菜が食べたくなる。春先に採れる野菜はとにかくおいしい。虫が少ないから農薬もゼロで、やわらかい味がする。
 今日はガッツリとサラダを食べよう!

 「雑多な手混ぜサラダ」。
 家にある食材で、量も計らずに、自由に作る即興的サラダだ。
 火を入れたい食材は蒸す、茹でる、焼くなどで調理し、生で食する食材と一緒にボウルに入れ、調味料をひとつずつ加えながら手で混ぜていく。パリッとした感じはなく、全体がしっとりとしていて、まるでお惣菜みたいだ。
 使う調味料で変化するのが、このサラダの面白いところだけれど、今日は基本の「オイル、酢、塩、胡椒」で作ってみよう。






 まず冷蔵庫の野菜室をのぞく。
 直売所で買い求めた野生クレソン、小カブ、二十日大根、ベビーリーフを洗って水に30分ほど浸け、切り花を水揚げするように元気にさせる。





 野菜をザルに取り、ベビーリーフは布巾で水気を拭き取る。
 小カブと二十日大根は包丁で好きなようにカットしてボウルへ。





 横半分に切ったニンニクの断面を、ボウルの底にこすりつけて香りを移す。使う野菜によっては、この工程を省くこともある。










 舞茸と椎茸にオリーブオイルをかけて、焼き網で焼く。オイルでコーティングすると、火の通りが早く、野菜がシワシワにならない。
 




 焼き終わったら、舞茸は食べやすい大きさに裂き、椎茸はスライスする。塩少々と醤油をひとまわし。これだけでおいしい一品料理になる。










 ほうれん草と春キャベツは中華セイロで数分蒸す。冷めたら適当にカットし、手で水分を絞って生野菜が入ったボウルへ。春キャベツはやわらかいので、生で使うこともある。





 キノコ以外の野菜を全部ボウルに入れて、塩とこしょうをかけながら、やさしく手で混ぜる。
 ここで味をチェック。おいしいと感じればOK。





 つぎにエクストラバージンオリーブオイルをかける。量はいつも適当だけれど、全体にツヤが出るぐらいだ。





 最後に酢をかける。これも適当で、味を見ながら調節する。
 米酢、ワインビネガー、フルーツビネガー、レモンなど、それぞれに特徴があるので好きな酢を。今日は普通の米酢を使う。
 入れる順番は、塩、こしょう→オイル→酢。オイルで食材をコーティングしてから酢をかけると食材に酢が染み込みすぎない。
 もう一度、味をチェック。薄かったり、物足りなさを感じるときはマスタードを少し加えたり、薄口醤油をかけることもある。
 最後にキノコを加え、さっと混ぜて出来上がり。

 玉ねぎ、大葉、茗荷のような香りの強い野菜、バジルなどのハーブ、パルメザンチーズなどチーズ類、オリーブの塩漬け、海苔、胡麻など、個性的な食材を入れるとサラダの顔がガラッと変わる。この時期は新玉ねぎもおいしい。

 このサラダはすぐ食べるのが鉄則だ。すぐに夫を呼ぶ。
 今日は「フルーツトマトのパスタ」と一緒に。
 夫は席につくと、すぐにサラダに手を出した。
 「こういうのを食べていたらサプリなんていらないのにね」
 そう言いながら、無造作にサラダを口に放り込んだ。







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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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