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文・写真・題字/宮本しばに


第3回 ちぢみほうれん草のあん浸し

 若い頃に習っていた織物の先生がこんなことを言っていたのを思い出す。
 「織っていくうちに複雑なパターンに夢中になりますけれど、時が経つと基本の平織りに戻ります」と。

 ものづくりはまず、平織りのように土台作りからはじまる。そして年月と共にようやく自分の形が見えてくる。そこからが本当のスタートで、行ったり来たりしながら続けていくうちにある日、また基本に立ち返る日がやって来る。ここまで来てやっとひとまわりで、次の一周が待っている。一本の道をへこたれずに進むには、それ相応の時間と気力が必要なのだ。

 今、私もようやく「平織り」に戻ろうとしている。目新しい料理にはあまり心が動かない。どこにでもある家庭料理を作ることが嬉しい。だし巻きたまご、ジャガイモのコロッケ、野菜炒め……。ひとつひとつ、どうしたらおいしくなるかを、今も考え続けている。

 料理も「芸」のようなものだから、淡々とその芸を積み上げていこう。味が決まらない日もあれば、おいしいと喜ぶ日もある。どんな風に仕上がっても「よし」として、次につなげよう。
 新しい料理をどんどん作らなくていいのだ。同じ料理を作り続けることで、新しい発見もある。少しでもおいしくなるよう、日々小さなことをしていこうと思う。
 自分だけの道だから、はしゃがず、がっかりせず、静かに台所に立ちたい。

 高校生のときに母が他界して、料理は習わずじまいだった。だから母の味はかすかに覚えていても、作り方は知らない。それでも台所で仕事をする母を見て育ったから、ふとしたときに母の言葉がよみがえる。「味噌汁のネギは、火を止める瞬間の煮えばなに入れなきゃダメ」。母の味噌汁は絶品だった。
 苦手な煮物料理はいまだにうまく作れないけれど、いつか私なりの「おふくろの味」にしたいと思う。その家の家庭料理はよそさまから聞けない「家宝」だから、とにかく失敗をしながら母の味に近づける努力をするほかない。

 そうこうしながら、調味料を足し引きして、長いことおいしく作れなかった料理が、ある日突然、完成することがある。何の具合なのか、不意打ちにあったようにひょんと完成する。そんな風に作れるようになった料理は一生の宝物だから、ノートに書き留めて大切にする。この瞬間があるからこそ、台所仕事を嫌にならずにいられるのかもしれない。
 宝物のひとつが「いなり寿司」。それは母が遠足や運動会のときによく作ってくれたもので、自分にとっては特別なもの。そこそこの出来ではダメなのだ。だからある日、いなり寿司が完成したときは心底、嬉しかった。醤油と砂糖とだし汁だけで、こんなにおいしいものができ上がるのだから、料理は魔法に近いなと思う。

 



 寒い季節に直売所に並ぶ野菜が私の好物だ。白菜、かぶ、人参、クレソン……。寒さに対する野菜の忍耐力が濃厚さを生む。なかでも「ちぢみほうれん草」は格別で、寒さが厳しいほど甘みが増し、肉厚になる。ごちゃごちゃした料理ではなく、そのままの「素」を味わいたい。
 今日は「ちぢみほうれん草のあん浸し」を作る。いわゆる「お浸し」にちょっと手を加えた料理だ。
 まず、一番だしを引く。鰹と昆布を使うが、ダラダラと長いあいだ火は入れない。沸騰なんてもってのほかだ。素材の香りとうま味が全部吹っ飛んでしまうし、雑味が入る。短時間ですっきりとしただしを引く。
 次は浸し地を作る。だし汁、薄口醤油、みりんを8:1:1の割合で混ぜて「八方だし」を作り、バットを入れておく。




 ちぢみほうれん草をよく洗い、太い根元を包丁で十字に切り裂き、もう一度、根元の汚れを洗う。根元は絶対捨てない。一番おいしい部分だと、父に教わった。
 さて、下準備が終わったら、ほうれん草を中華セイロで蒸す。茹でずに蒸すのは、野菜が水っぽくならないし、うま味と甘みが増すからだ。




 セイロから湯気がふんわり漏れてきたらほうれん草を入れて蒸す。




 数分して蓋を開けると、ほうれん草は鮮やかできれいな緑色になっていて、やわらかく、甘い。それを絞らずに八方だし汁に浸す。しばらく置けば「ほうれん草のお浸し」の出来上がりだ。八方だしが染み込んだほうれん草を絞らずに器に並べる。




 さ、仕上げだ。あんかけを作る。バットに残った八方だしを小鍋に入れて火にかけ、水溶き片栗粉でとろみをつけてあんを作る。
 それをほうれん草の上からかければでき上がり。

 ありきたりの料理だけれど、ひと袋のちぢみほうれん草が、中華の大皿料理みたいにちょっと立派になった姿がいい。料理はやっぱり魔法だ。







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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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