<<連載もくじ はじめに>>

チョウに親しむ


◆食性(食草・食樹)を知る
街中でよく見かけるチョウ
アゲハチョウ科 アゲハチョウ(ナミアゲハ)、キアゲハ、アオスジアゲハ
シロチョウ科 モンシロチョウ、モンキチョウ、キチョウ
タテハチョウ科 ツマグロヒョウモン
シジミチョウ科 ヤマトシジミ

柚子の木についているナミアゲハの幼虫(終齢)

 街中で見かけるチョウの代表格を上にあげた。「見分けが付かない」という大人も多いと思うのだが、実は簡単な方法がある。「食性しょくせい」と「環境」がキーワードだ。実はチョウの幼虫というのは「食性」が決まっている。つまり、同じ種類のチョウの幼虫は同じ種類の食草や食樹しか食べない、ということだ。
 ナミアゲハとキアゲハを例にとってみたい。ナミアゲハの幼虫は、ミカンや柚子など、ミカン科の葉を主に食べる。キアゲハの幼虫は、みつばや人参などのセリ科の植物だ。ミカン科は樹木になっているし、セリ科は地表から生えているものがほとんど。終齢幼虫(さなぎになる直前の幼虫)の身体の模様も、ナミアゲハはミカン科の葉に溶け込む擬態をしているし、キアゲハは派手派手しく見えるが、セリ科のギザギザの葉に隠れやすいようになっている。
 
ミツバについているキアゲハの幼虫(終齢)

 モンシロチョウの幼虫は畑のキャベツやルッコラなどのアブラナ科の植物を食べ、モンキチョウやキチョウは、シロツメクサやネムノキなどのマメ科の植物を食べる。この両者は「色が白いのと黄色いの」という違いだけでなく、全く違う食草を食べて育つ。ツマグロヒョウモンの幼虫はスミレの仲間を食べ、ヤマトシジミは黄色い花が可愛いカタバミを食べる、といった具合だ。
 こうやって俯瞰してみるとどうだろうか?チョウというのは、人が栽培している野菜や植物、また街中に逞しく生える雑草を主食にしていることがなんと多いことか。種類によってまったく食性が違うことはチョウの生存戦略にほかならず、「他者との共生」という生存戦略を採用していることがわかるのではないかと思う。

◆「環境」を知る

ツマグロヒョウモン

 スミレの仲間を食べるツマグロヒョウモン。こいつは街中を主な生息エリアにしているのだが、林縁部や里山の中に入ってしまうと、スミレにはミドリヒョウモンの幼虫がついている。またまた街中のミカンにはナミアゲハの幼虫がいたのに、山間部や渓谷沿いなどのカラタチや山椒といったミカン科の植物にはクロアゲハやカラスアゲハといった同じアゲハチョウ科だがちがう種類の幼虫がいたりする。日照条件や気温条件の違いによるものなのだが、こういった「環境」というのも、種の同定やチョウをより深く知るためのキーワードだ。

 
食性と環境
チョウの種類 食性 環境
ナミアゲハ ミカン科(ミカン、柚子など) 街中
クロアゲハ、カラスアゲハ ミカン科(カラタチ、イヌザンショウなど) 山間部、渓谷沿い
キアゲハ セリ科(みつば、にんじんなど) 街中
モンシロチョウ アブラナ科(キャベツ、ルッコラなど) 街中
モンキチョウ、キチョウ マメ科(シロツメクサ、ネムノキなど) 街中
ツマグロヒョウモン スミレの仲間 街中
ミドリヒョウモン スミレの仲間 林、里山
ヤマトシジミ カタバミ 街中

 つまり、「このチョウが見たい!」と思えば、その食草や環境のところへ行けば見られる、ということ。ぼくは毎年ナミアゲハやキアゲハがやってくるのが楽しみで柚子を植え、ミツバやフェンネルを育てているし、ルッコラにいるモンシロチョウの青虫の成長が楽しみだ。家庭菜園は収穫できたらラッキー、チョウの幼虫がいたらラッキーくらいに思って、楽に構えている。いずれにしても、ぜひ片っ端からチョウを捕ったり幼虫を捕ったりしてみて、自らの目で確かめて欲しい。


◆「青虫」を飼育する

アオスジアゲハ

 チョウを首尾よく捕り虫かごに入れると、すぐにバラバラ殺人事件の現場みたいな様相になって、チョウは余命幾ばくもない。そういった経験は経験で大切だが、ここでは「幼虫を捕ってきて(拾ってきて)育てる」ということをお勧めしたい。
 以前僕がクスノキの樹の下でアオスジアゲハの幼虫を拾った時のこと。久しぶりに見た、透き通るような黄緑色と造形の美しさに心を奪われ、まだ幼かった子ども二人を公園に置き忘れ、その幼虫とともに帰宅した。妻が「ちょっと子どもたちは?なに一人で帰ってきてんのよ!」と言ったことにも「アホなこと言うたらアカン。こいつ(アオスジアゲハの幼虫)と二人で帰ってきたんや」などと反論してしまった。いそいそと飼育ケースを取り出し、蛹化ようか(=幼虫から蛹になる)の様子を、怒る妻を尻目に日なが一日眺めていた。無事に羽化することも出来、子どもたちとともに大空に飛び立たせたのは良い経験になった。
 さて、注意点を一つ。幼虫として、まだ食草が必要な場合があるので、多めにその食草や食樹を持ち帰ること。飼育ケースと食草が枯れないように水に挿すくらいの手間で、何ものにも代えがたい経験が出来る。ぜひお勧めしたい。



◆1冊の図鑑を読みこむ
 チョウが好きな子どもであれば、一日中図鑑を眺めている、ということも珍しくないだろう。専門知識を口にする子どもに「あら、そんな細かいことまで知っているの?」と親のほうが驚いてしまうものだ。子どもの好奇心と集中力は侮れない。やはり1冊の図鑑を大切にして調べ尽くすというのが、同定(種類を特定する)には有効だ。ぼくは子どものころから、『日本のチョウ』という図鑑を使い倒している。みなさんにも、1冊図鑑を買い求め、子どもとともに眺めてみることをお勧めしたい。


◆観察する、匂いをかぐ
 チョウの場合は、概ねオスのほうがメスより派手な羽を持つ。また面白いことにモンシロチョウや近縁のスジグロシロチョウなどのシロチョウ科や特定のアゲハチョウの仲間は、オスから良い匂いがする。特にスジグロシロチョウのオスなどは強いレモンの匂いがする。これはオスがメスを引き寄せるためのフェロモンだ。アブラナ科の食草の周りを2匹が追いかけるように飛んでいるとしたら、オスがメスを追いかけていると思って間違いない。こういうのを捕獲するのは心情的に気の毒だが、後で放してやる前提で捕ってみて、匂いを嗅いでみてほしい。五感を使って自然を体験する良い機会だ。虫を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ、という行為は子どもにとって強烈な印象を残すだろう。

 虫捕りや飼育するということは残酷な行為でもなんでもない、とぼくは思っている。大人が希少種を集めることに走るとだいぶ意味合いが違ってくるが、子どもの頃に虫を捕り、触り、飼育することは学ぶことも多くとても重要だ。子どもたちはチョウを始めとする虫たちの生き死にを通じ、生命の大切さを学ぶ。そして彼らの食性や生育環境の違いを学ぶことによって、他者との違いを許容する心を育む。「ぼくたちの住む地球は多様性に満ちている」などという広告や宣伝コピーを読むまでもなく、近所のチョウに興味を向けるだけで、その本当の意味が分かってくる。
 心弾む春。美しいチョウを見て楽しむだけではもったいない。捕って触って調べて飼ってみて、自然をより深く知ってほしい。


セセリチョウの仲間


<<連載もくじ はじめに>>