アノニマ・スタジオWebサイトTOP > 『キツネと星』著者コラリー・ビックフォード=スミスさんインタビュー

翻訳者のスミス幸子さんに、『キツネと星(原題:the Fox and the Star)』の著者、コラリー・ビックフォード=スミスさんをたずねたときのことを綴っていただきました。本との出会いから、アトリエでのお話まで。作品ともに、ぜひご覧ください。

 ある日、イギリスの書店の店頭でふと見かけたその本に、私の目は文字どおり釘付けになってしまいました。なにしろ、いまどき布貼りに箔押しの新刊本なんてめったにありません。深い青に、白でくっきりと刻印された、うずを巻くイバラのつる。表紙を傷つけないように、そうっと手にとったのを覚えています。

 さまざまなデザイン手法に目をうばわれるだけでなく、5つの特別な色をつかった印刷もすばらしく、用紙の選択、ページを綴じる糸にいたるまで、全体がアート作品のような一冊です。

 こんなに美しい本に、いったいなにが描かれているのだろう?

 主人公のキツネは、いなくなった星をさがす旅に出て、思いもよらない発見をします。とてもシンプルな物語。それだけに、読み手によってさまざまな受けとめ方ができる。私が心の奥にしまいこんで、なにも感じないふりをしているところに、やさしく光をなげかけてくれたように感じました。

 やがて、著者のコラリー・ビックフォード=スミスさんが本のデザイナーであること、美しい装丁で知られるペンギン・クラシックスの布装版を手がけていること、『キツネと星』がはじめての著書であることなどを知り、ますます興味がわいてきました。

 デザイナーが絵本のつくり手になるのは、珍しいことではありません。それでも『キツネと星』は、ことばだけでもストーリーが展開する点でデザイナーの絵本としては異例です。しかもこれは古い作品の翻案ではなく、コラリーさんがみずから執筆したオリジナルです。

 はじめての著書が、このようなスタイルになったのはなぜか。そして「星」が意味するものはなにかを聞いてみたい。そんな思いで連絡したところ、コラリーさんはこころよく取材に応じてくれました。

photo: Joe Stenson
 場所はロンドンにあるごくふつうの住宅の屋根裏部屋。コラリーさんの仕事場の半分がここで、もう半分がペンギン社のデザインルームです。

 印刷技術のこと、ウィリアム・モリスのこと、日本の伝統紋様のこと、庭にあらわれるキツネのこと・・・・・・(ちなみに、イギリスでは都市にもたくさん野生のキツネがいて、とても身近な動物です)話題は尽きず、気がつけばあっというまの2時間。ペンギン印のマグに淹れてくれたコーヒーを飲むのも忘れていました。


 ずっと聞きたかった質問には、こんな答えがかえってきました。

 これまでペンギン・クラシックスをはじめとして、何百という数の本のデザインを手がけてきました。私は、紙でできた美しい本がほんとうに好きで、その力を信じている人間です。

 本というものが、感情を盛り込むことのできる、大切な宝物であってほしい。子どもや孫に、世代をこえて受け継がれるような価値がある本をつくりたいと思っているんです。

 そうはいっても、本は内容があってこそ。デザインはあくまで中身のためにあるのです。だから、はじめて自分の本をつくるにあたっては、自分の心に照らして嘘のない、ほんとうにたいせつなものを語る必要がありました。私自身のことばで。


 キツネは私の分身です。この本は、「星」をみうしなったときの個人的な体験から生まれました。そのことを何年もずっと考え続けていて、いつか形にしたいと思っていたんです。

 長い時間に耐えられるように、慎重にことばを選んだつもりです。いったん本の中身が定まったら、ふさわしい形をあたえるのは難しいことではありませんでした。
 この本を出版したあと、うれしいことに、たくさんの方から感想が届きました。自分の心の中をみせるのは、すこし怖いとも思っていましたが、ほんとうにやってよかったと思っています。



 生きていれば、誰にでも、思いもよらないつまずきがあります。ほんとうにつらい思いをすることもあるかもしれません。たったひとりの友だちである星が、とつぜんみえなくなってしまうようなことも。

 コラリーさんの個人的な体験にふれることは、ここではしません。本を愛するひとりの人間として、彼女が長いあいだたいせつにしてきたことが、この本のなかに詰まっています。そんな本に出会えたのは、訳者としても大きな幸せです。

 読者の方がそれぞれに、自分にとっての「星」を想いながら重ねて読むのもいいし、ただたんに、美しい紙面を眺めるのもいいと思います。なんど読んでも、ページをめくるごとにわくわくするはずです。

 この日本語版も、読者のみなさんが一生大切にしてくれる、世代を越えていつまでも受けつがれる一冊であってほしい。そう願っています。

スミス幸子

photo: Michele Cote
コラリー・ビックフォード=スミス
グラフィックデザイナー。イギリスのレディング大学でタイポグラフィとグラフィックコミュニケーションの学位を取得。ロンドンの出版社、ペンギン(ランダムハウス)にて、「ペンギン・クラシックス」シリーズの布装版をはじめとする本のデザインを多く手がけ、高く評価されている。本書ははじめての著書。


スミス幸子
出版社勤務を経て、現在はフリーランスのライター、翻訳者。イギリス在住。

さよならがはじまりになる、心あたたまる物語

キツネと星

作・絵:コラリー・ビックフォード=スミス
訳:スミス幸子
本体価格2800円(税別)

ひとりぼっちの臆病なキツネが、唯一のともだちである星を探すために勇気をだして一歩踏み出す、シンプルで奥行きのあるストーリー。イギリスで刊行されて以来数々の賞を受賞し、世界10ヵ国で翻訳され、世界中で愛されています。
色彩や絵柄、布貼り上製の装丁まですべてが美しいこちらの作品は、イギリスの老舗出版社でエディトリアル・デザイナーとして活躍する著者が手がけたはじめての絵本。 大人から子どもまで、とびきりの一冊を贈りたい人へのプレゼントにおすすめです。


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