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「働いて生きること」は、人の数だけ、物語があります。取材でお会いした方、ふだんからお世話になっている方、はたまた、仲のいい友人まで。これまでに出会った、他の誰とも似ていない仕事をしている「自分自身が肩書き」な人たちに、どのようにしてそうなったのか、話を聞きにいきました。

写真:藤田二朗(photopicnic)

自分の居心地いい場所で 日々、腕に磨きをかける

第2話 鮎藤革包堂 鮎澤剛さん


少し年上のその人は、私がまだ学生で自分の将来なんて
想像すらしてないときからすでに革ひとすじだった。
それから、自分の店をもって、それがもう10年も経つなんて。
店の柱時計のチクタク音を聞きながら、
鮎澤剛さんをひらく、しごとの話。

名前

仕事

革を使ったカバンなどの制作

この仕事を始めたきっかけ

ハイソフト

あゆさわ・つよし
1971年、長野県出身。カバンをつくりたいという想いだけを抱えて上京し、カバン店のアルバイトからスタート。武者修行を経て、2006年、神楽坂に「鮎藤革包堂」をオープン。革好きが高じて職人になるも、じつは他にも理由があったと今回のインタビューで初告白。2015年、東京都優秀技能者知事賞受賞。
http://www.ayufujikakuhoudo.com




──革という素材には、もともと興味があったんですか?

子どものころ、野球のグローブが好きだったんですよ。革のキュッキュッという音や独特のにおい、磨くと艶が出たりして、いいものだなって思ってた。

──野球部だった?

いや(笑)。兄が野球をやってたんだけどね。

──双子の弟さんだけでなく、お兄さんもいるんですね!

兄と姉がいます。上のふたりが出来がいいこともあって、僕たち双子はああしなさい、こうしなさいと親に言われずに育ったんです。父は公務員だったんだけれど、そういう影響は受けずに……って、なんだか真面目な話だけど、平気?

──ぜひそうしてください(笑)。

母親が家で和裁の仕事をしていてね。裁ち台があって、正座して着物を仕立てるんですけど。僕が小学校から帰ってくると、AMラジオかなんかが小さな音でかかってて、ピンと張り詰めた静かな空気のなかで母が作業してるわけ。僕はその近くでゴロゴロしたり、漫画読んだり。その部屋のなかの完成された世界が好きだったのかもしれない。革もそうですけど、裁ち損じが許されないでしょ? そういう緊張感のなかで、ものをつくって納める。こういう仕事があるんだなと子ども心に思ったんですね。
この仕事をするようになったきっかけは、じつは他にもあって。昔、キャラメルの「ハイソフト」に、小さいカードが入ってたでしょ。

──あった、あった!

あれで、ヨーロッパの街の写真があって。ウィンドウ越しの店内で職人が作業していて、奥には靴が並んでいて。僕は気がついたときには職人になりたいと思っていたけれど、その元のイメージには、あの写真があるんです。もう手元にはないから、記憶のなかでどんどん理想化されてるかもしれないんだけども、自分の店をあれに近づけたいと、いまも思ってる。いろいろな選択肢があるなかからこの仕事を選んでいるわけですけど、よし、職人になろう!とわざわざ思うというよりは、そういうのを卵のようにあっためていくものなんじゃないのかなあ、なんて思うんですよね。じつはこれ、いままで誰にも話したことなかったんだけど。革という素材も確かに好きだけれど、あの一枚のカードがスタートかなと思う。

──まさかの原点ですね。森永製菓の人に教えてあげたい。

でも、後日談があって。22歳ごろだったか、ハイソフトを食べながら裁断していたら、口からよだれというか、ハイソフトがヌメ革に垂れて、使いものにならなくなってしまった(笑)。後悔と反省しきりで、以降20年以上、自分で買って食べたことはないんです(笑)。

──ハイソフトに導かれてこの仕事をしているのに、その仕事をしていることでハイソフトを食べられなくなるとは。

人生、そんなものなのかもね(笑)。

どうやってつくるんだろう?


──革が気になったんですね。着物の生地ではなく。

ですねえ。小学校のころ背が低かったから、ランドセルが大きくて、それがすごく嫌だった。で、ようやく高校で自由にカバンを持てるようになると、市販のカバンを買ってきて、そこに絵を描いたりして。そのころ、スエードを買ってきて、きんちゃくみたいなのを自作してみたり。でも、やり方を知らないからうまく縫えない。で、どうつくるんだろう、と思ってるまま、カバンがつくりたくて上京してきたんですよ。

──まっすぐですねえ!

いや、じつは高校卒業後に地元で1回、就職したの。長野の諏訪は精密機械が盛んで、それ関連の就職先には事欠かなくて。でも、働きながらよくよく考えて、このまま諏訪で精密機械の仕事をするよりも、やりたいことをやったほうがいいんじゃないのかなって。やっぱり革で何かをつくりたいと思って、10ヶ月で辞めて、とりあえず上京して。たまたま下北沢をブラブラしてて、カバンを制作してる店を見つけて、アルバイトさせてもらうようになったんです。

──その店は、偶然見つけたんですか?

そう。で、そこにいた人たちと一緒に数年後、参宮橋にアトリエを構えて。注文をもらって、なんとかつくれるけど、技術がまだまだだから、もっとうまくつくりたいと思ったわけ。当時、センザンコウの革を持参したお客さんに、これでカバンをつくってほしいと言われて。一応はつくれたんだけど、牛革や鹿革とは全然違う。仕立て方がわかっていなかったんです。それできちんと勉強したいと思って、埼玉の草加に5年間、修業に出たわけです。
なんか、嫌だったんだよね。「できません」っていうのを「(うちでは)やってません」っていう言い方で断っちゃう感じっていうかさ。



──あるある。モテないだけなのに「いまは彼女いないんだよね」みたいな(笑)。それで、草加というのは、なぜに?

草加にある、ワニやオーストリッチ、爬虫類専門の製造メーカーの社長さんを紹介してもらって、お会いして。覚えたいんですって言ったら「すべて辞めて会社の近くに引っ越してくる覚悟があるなら教えてあげるよ」って。若かったしね、行ったんですけど。そしたら教わるっていうか、要は社員みたいな感じで普通に働かされるんだけども、職人まわりをするの。メーカーの仕事って、材料を裁断して裏打ちをして抜いたものを職人に届けるんだけど、ヘビ革が得意な人、ワニ革が得意な人と、それぞれにいる。彼らの仕事場に上がって、1時間とか2時間とか作業を見せてもらうわけです。なるほど、こういうことか、手取り足取り教わるわけじゃないんだな、と。
で、ワニもオーストリッチも爬虫類も扱えるようになった、革小物も旅行カバンもつくれるようになった。それで10年前、自分の店を始めたんです。

──革ごとに特化した職人がいるなか、ひとりで牛から爬虫類まで扱えるのは、すごいということ?

東京都優秀技能者(東京マイスター)賞をもらったのは、そういう理由ですね。

──えー! じつはすごい人だったんですね(笑)!


マイスターの向上心


──最近はどんなオーダーを受けましたか?

シンガポール専用のパスポートケース。海外の空港で必要な書類のサイズがシンガポールだけ違うらしくて。あとは指揮棒ケースとか、バイクのサドルや車のシートとか。あれは大変だったんで、もうやらないと思うけど(笑)。数珠のケースをつくったときは、その数珠が象牙製だというので、内側は勝手にゾウ革にしたり。許される範囲でそういう遊びは入れています。だいたいみなさん、笑ってくれますよ。

──バイクのサドルは革張りだけじゃなくて、アルミを曲げてサドル自体をつくったそうですね。器用ですねえ。

いや、僕、じつはすごく不器用なんです。弟はそのことをよく知ってるから、おまえよくやってるなあって言いますよ。たまに店に来ると「これ自分でつくってんの?」って(笑)。でもね、いま、僕の娘が卓球に凝っていて。ラケットを買ってやればいいんでしょうけど、木のうちわをラケット型に切って、両面にコルクを貼って、つくっちゃった。自宅は古い家で網戸がないので、木材と網を買ってきて手づくりしたり。泥酔して家の桟を壊したときには(笑)、接着剤でくっつけて、障子を張り直して。普段から手を使っているからか、なんでも自分の手でつくり出せるんじゃないかと思うようになりましたね。

──究極的にはそうですよね。もともと人間はすべての必要なものを自分の手でつくっていたはずだから。

うん。でも、自分の不器用さはずっと感じてはいて。いまも1週間に1回は「うまくつくれるようになりたい」って、声に出して言っているくらい。

──東京マイスターなのに(笑)? もしかして、そこがモチベーションですか?

そう。それだけかもしれない。だって、儲けたいんだったらこういう仕事やらないよ。



命をいただいてする仕事


──グローブでも靴でもなく、カバンにしたのは?

最終的にカバンを選んだのは、自分がサイズで悩んだのがカバンだったからじゃないかな。
動物の皮を扱っていることに関しては、命をいただいていることを意識しますね。小さな端切れでも無駄にしないようにしています。
もともと牛や豚の革っていうのは、肉を食べたあとに残ったものを利用していたわけだけど、たとえばワニは革用に養殖しているんですよ。オーストリッチは、羽を衣装に使ったりするので育てていたのを、皮も利用するようになった。あとはエゾシカとか駆除の対象になっている動物の革もあります。

たとえばこれは南アフリカで駆除の対象となっているオットセイの革だし、こっちはジンバブエのゾウの革。ジンバブエではゾウを国立公園で保護しているんだけど、保護していると頭数が増えてしまうでしょ。そのゾウたちが木々を倒す。すると、その木に棲んでいる絶滅危惧種の鳥の行き場がなくなってしまう。なので頭数制限をして、革にして売って、その売上を国立公園の保護にあてる、というシステムになっているんです。そういう正規のルートで入ってきたものにはきちんとタグがついていて、番号が振ってあります。そうした革の背景っていうのは、やっぱり考えちゃいますね。

──でも、そういうことって最初は知らなかったのでは。少なくとも意識してなかったでしょう?

そうだね。ブローカーの人たちが持ってくる革ってたしかに安いんだけど、どこから来たものかわからないじゃない? 正規のルートで革を輸出入するのではなく、まず原産国が原皮を半なめしの状態で輸出して、中国でなめして半分製品の状態にしておいて、日本に輸入してタグをつけて、テレビの通販で「オーストリッチがこんなにお安く!」みたいなのを見ると、よくないんじゃないのかなあと思って。え、こんな話で大丈夫ですか(笑)?

──大丈夫、大丈夫(笑)。なんでもかんでも扱うわけではなく、出処がはっきりした生地を使っているんですね。



いろんな人の、いろんな仕事


──自分の店を構える場所に神楽坂を選んだ理由は?

場所はどこでもよかったんですよ。でも、こもって作業するから、気分転換に出かけたときに自分がいいと思うところがよかった。神楽坂は小さなギャラリーなんかがいっぱいあって、打ってつけでした。最寄り駅の乗降客数とか、どれくらいの年収の人がどれくらい住んでてとかっていうのはまったく考えなくって、自分の居心地しか考えてなかったな。

──まずは自分が快適でいられることが大事ですよね。気持ちよく仕事するための環境があるからこそ、いい仕事ができるわけで。

そうそう。だって、うたた寝とかしちゃうしね。通りがかりの人がトントンってガラス叩いて起こしてくれたりするんだよ(笑)。



──土地柄、街の人たちとのつき合いも濃そうですね。

表通りはチェーンが多いですけど、一本入ると小さいお店がいっぱいあって。そういうお店の人たち同士のつながりはあって、おもしろいですね。
先日、近所の料亭に連れていってもらったときに、10年でようやく一人前になったねってご主人に言われて。うちのことはオープンのときから知ってくれていたみたいなんだけど、そのあと、ここに初めて来てくれて。他にも、お店に伺って店主とお話した後日、今度はうちに来てくださるなんてことも多くて、そういう街のつながりはたしかにありますね。悪いことできないね。

──泥酔は、あんまりしないほうがいいかも(笑)。

僕は話すのは得意じゃないからセールスマンをやるのは無理だけど、自分でつくって、自分でやってるかぎりはなんとかなる。お客さんも、僕のことを多少なりともわかってくれている人が多いので、その点も楽ですね。

──でもこの仕事って、より直接的に人と話さなくてはいけないのでは?

そうなんです。オーダーメイドなので、つくる作業よりも、お客さんが何を求めてるかを聞き取る、汲み取る力のほうが大事。だから、最初から友だちみたいになるっていうのかな。簡単に革の説明をしながら、最近どんな映画観ました?なんて話をしつつ、その人の好きな感じをつかんでいくんです。

メーカーに勤めていたころは、メーカー、問屋、外商、店員と、つくり手とお客さんの間に何人も介在していた。だから職人とお客さんのお互いの声が届かず、それが原因でクレームにつながることもあって。いまはそういうストレスはないし、手をかけたいだけかけられるから、つくり手としての欲求も満たされるんですね。


でも、人と話すのが苦手と言いながら、店をやってていちばんよかったことが、まさにそこで。普通なら会うこともないような大会社の社長さんなんかとも、ここで一対一で話して仲よくなって、ごはん食べにいったりとか。一職人の立場で、なかなかないじゃないですか。そういう偉い人たちって、人前で話すのが慣れているせいもあるのかもしれないけど、もれなくおもしろいし。


──ここでは肩書きはとっぱらわれて、ひとりの人間として対面するわけですもんね。しかもオーダーメイドとなると、趣味とかライフスタイルみたいなことも含めて話すことになるし。初対面のわりにはぐっと入り込みますよね。

こちらからはべつに訊かないので、最後に名刺をいただいたり、仲よくなったりしてから、どんな仕事をしている人なのかわかったりして。いろんな人がいますよねえ。いろんな仕事があるんですね。

──そうなんですよ。それがこの連載の核心なんです(笑)。



自分でやるから可能になること


──いま、オーダーはどんな状況ですか?

申し訳ないんだけれど、年単位でお待たせしてしまっています。お客さんには住所と名前だけ書いてもらって、制作に入れるようになったら手紙を書いて、あらためて来店していただいています。

──おお、手紙で!

だって、電話していいタイミングとか、よくわからないし。しかも、その人たちが何をオーダーしてくれるかは、その時点ではわからないんですよ。いつ制作に入れるかわからないのに、訊いても意味がないから。

──最初からそういうやり方をしている?

だんだん変わってきました。いちばんのきっかけは、ポシェットをオーダーされていて、ずいぶんお待たせしていて、いよいよ制作に入れるというときに、その方が出産されて生活が変わっていたので、ポシェットではなくトートバッグが必要になったって言われて。だからあんまりお待たせしちゃいけないなとも思うんですけど……そこが悩みですかねえ。

──待ちくたびれて諦めてしまう人もいますか?

通りがかりで名前だけ残していった人で、やっぱりいいですっていう人も、なかにはいますね。でも、きちんと話したら、この人は待ってくれるなとか、なんとなくわかる。

──そうすると、こういうカバンが欲しいっていうことよりも、剛くんにつくってほしいという気持ちのほうが強いということかしら。

どうですかね、そうだと嬉しいんですけど。



これは実感としてあるんだけど、いいものができたら、必ずまた来てくれる。1個頼んででき上がったらそれで終わりじゃないかって思うでしょ? だけど、財布を頼んでくれた人が、財布に満足すれば、名刺入れを頼んでくれる。財布と名刺入れが揃うと、ペンケースを頼んでくれる。今度は、それらを入れるショルダーバッグを頼んでくれる。一定の数の人がそれをしてくれれば、注文は入り続けるわけで。ということは、その人にとって満足するものをつくれればいいのかなと思う。でもそれは、自分でつくっているから言えること。ひとりだから納得するまでつくれて、満足して納められる。

でもそのときに、うんちくやこだわりはなるべく言わないようにしています。使ってもらえばわかってもらえると思っているから。こないだね、すごく嬉しかったことがあって。バッグのワニの革のとり方を、見た目のバランスの観点から表と裏で微妙に変えていたんだけど、お客さんが何年か使ってからそれに気づいてくれて、「納品のときに言ってくれればよかったのに」って。でも、それを説明してしまうのは野暮だと思ってて。使い勝手のいい金具の形にそっと変えたりしても、いちいち言わない。お客さん自身で気づいてもらえるのがいいんですよね。

──使い勝手がいいっていうのは、ストレスなく自然に使えることだから、デザイン的配慮には気づかないものだったりしますよね。それがグッドデザインなんだと思います。


美しいものが正しい


──機能性と美しさのバランスについては、どう考えていますか?

きれいなものが正しいって思ってる。

──機能美。美しさと機能は兼ね備えているということですね。

絶対そうだと思うんだ。ひとつずつ型紙から起こしてカバンつくってるのに、10回つくったら10回とも同じようなバランスになっちゃうんだもん。カバンはファッションアイテムでもあるけれど、ものを持ち運ぶ道具でもあるわけだから、長持ちするようなものにしたいし。

──何年も使ってから本当のよさに気がつくという時間のスパンからすると、お待たせすることは案外、正当なことなのかもしれません。

その人が待っている間、自分のオーダーについて考えていると、その人のなかでアイデアが生まれるんですよね。たとえばブリーフケースが欲しいとして、待ってる間にデパートや専門店で見かけたりして、目が肥えてきて、こうしたほうがいいかな、ああしたほうがいいかなと、僕に伝えてくれる。それで、待っている期間と僕がつくる期間があって、ものが完成する。対して、お渡ししたあとにそれを使う期間のほうが長くなるから、結果的に帳尻合うんじゃないかな……って、たしかにいい考えだね、それ(笑)!

どっちにしても、親切なお店ではないかもしれない。説明もあんまりしなければ、納期も金額も言わないので。もちろん目安を伝えることはできるけれど。だから初めてのお客さんは困ることが多いかもしれないんですけど、でも、これでいままできちゃったし(笑)。怒られちゃいますよねえ、普通。

──でもここは剛くんの店だから、剛くんのスタイルでいいんじゃないかな?

そうか。でも、よく許してくれますよね、みなさん。

──きっと許せる人だけが、来てくれてるんです(笑)。

趣味の店みたいなもんですね(笑)。






鮎澤剛さんの “仕事の相棒”
革裁ち包丁(と、お酒)
「道具に対する執着は減ってきたように思います。以前はいろいろ欲しかったけれど、いまはこの包丁さえあればいいというくらい。革だけでなく、紙、布、木となんでも裁ちます。革製品に限らず、(卓球のラケットでも網戸でも)何かものをつくるとき、この包丁を使ってつくれるかが基準になっています。一方、いまも昔も変わらずに必要であり続けるものといえば、お酒かな(笑)。夕方くらいになるとお酒のことを考えて、いまだにワクワクするからね(笑)」


インタビュアー

野村美丘(のむら・みっく)

1974年、東京都出身。東京造形大学卒業。『STUDIO VOICE』『流行通信』の広告営業、デザイン関連会社で書籍の編集を経て、現在はフリーランスのインタビュー、執筆、編集業。文化、意匠、食、旅、犬猫など自分の生活の延長上をフィールドに公私混同で活動中。座右の銘は「ひと文字ひと文字にキレあれ」。この連載の撮影を担当している夫とphotopicnicを運営している。
www.photopicnic.pics


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