タイトルデザイン:峯崎ノリテル ((STUDIO))

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はじめに

 よくわからないながら、がむしゃらに働き始めた10代終わり~20代前半。なんとか経験を積んで、だんだん仕事が充実していった20代後半~30代前半。そして地固めが済んで、いよいよ結果がついてきて、人に認められ、求められ「代わりのいない、自分だけができること」で生きている。それが今後、円熟味や凄みを増していくことになるんだろう。そんな状態が、30代後半~40代の今です。

 自身を振り返ると、社会人になろうというとき、既存の組織に所属して、そこの一員として働くという以外に未来の自分を想像できませんでした。もちろんそれも働き方のひとつです。でも、ほかにも選択肢がたくさんあるなんて、そのころは知らなかった。自分で自分の仕事がつくり出せるなんて、考えてもみなかったのです。なのに、気づけば。身のまわりの同年代には、ほかでもない、その人でなければできない仕事をしている人がたくさんいます。職種の範疇からはみ出ている人や、活動をひとことで説明できない人や。いわば、その人自身が、その人の肩書きなのです。仕事と人生が、分かちがたく混ざり合い、溶け合っている。

 「働いて生きること」は、人の数だけ、物語があります。この世の中にはいろんな場所で、いろんな人が、いろいろに生きている。そうか、どうやって働き、どうやって生きるかは、限りなく自由なんだ! 全部がそれぞれ違うなんて当たり前のことなのに、まるで大発見のよう。良い、悪いではなく、ただ、いろんな人のいろんな世界観があるということ。そして、そういうものの集成で社会ができているということ。

 これは、いままで私が出会った「自分が肩書き」の人たちに、彼らがどのようにしてそうなったのか教えてもらうインタビューです。きっと言葉の端々、行為の折々に染み出しているはずの、その人がその人たる所以を知ることができる楽しみ。そしてこの連載をとおして、私自身もまた数多ある物語の一片となるのかもしれないと気づけたのも、嬉しいおまけです。


インタビュアー

野村美丘(のむら・みっく)

1974年、東京都出身。東京造形大学卒業。『STUDIO VOICE』『流行通信』の広告営業、デザイン関連会社で書籍の編集を経て、現在はフリーランスのインタビュー、執筆、編集業。文化、意匠、食、旅、犬猫など自分の生活の延長上をフィールドに公私混同で活動中。座右の銘は「ひと文字ひと文字にキレあれ」。この連載の撮影を担当している夫とphotopicnicを運営している。
www.photopicnic.pics


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