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第5話 馬の人 インタビュー 
よりたかつひこさん


 ホースセラピー勉強会のDVDに収められていた魔法のようなジョインアップ。私は、馬と人のコミュニケーションのあり方に、これからの教育を考えるためのヒントがあるような気がして、すぐによりたさんに会いにいった。はじめてお会いした日、こんな力強い目をした大人がいるんだと驚いたのを覚えている。
 よりたさんは馬の牧場をフィールドにした、小学生から高校生までのフリースクールを沖縄と島根で運営している。どんなふうに馬に出会い、そこからどのような歩みを経て、馬と子どもの居場所をつくるに至ったのか。よりたさんが仲間と共に起ち上げた北海道、大沼にある牧場、「パド・ミュゼ」で話をきいた。





――よりたさんが馬に出会ったきっかけを教えて下さい。


 9歳の時に親と離れて暮らさなければならなくなって、それから10代後半まで親戚の家や児童養護施設を転々としました。生きることが大変で、何度か自殺未遂をしたけど死ねなかった。そんな時、馬に出会ったんです。馬を育てるという暮らし、餌をあげて、水をあげて、糞を拾って、ということを毎日繰り返して3年程経った頃、気付いたら元気になってたんです。朝4時に自転車で牧場に着くと馬たちがみんな厩舎(きゅうしゃ)から顔を出して待ってる。あの見つめられる感じって、すごく良くてね。大きくて強い生き物が、自分を必要としてくれているというリアリティがあるんです。なぜ回復していったのか、当時はわからなかったけど、僕が馬を育てるということが、馬が僕を育てるということになっていったんじゃないかと思うんですね。そんな経験から、単に育てられる側であったり、何かを提供される側でいる限り、人は育たないんじゃないかと思うようになりました。ホースセラピーもフリースクールも「暮らし型」として取り組んでいるのですが、僕が伝えたい「暮らし型」とは、自分がケアされる側からケアする側になることによって、自分が育てられていくということなんです。

――ホースセラピーにはどのように出会ったんですか?


 朝4時から夜9時まで牧場で暮らすわけですが、少しずつ乗馬するようになって、何頭かの馬を担当するようになっていきました。そんな中で一頭の馬が全く動かなくなってしまったんです。ある日僕は、頭に血がのぼってその馬をめちゃくちゃに棒で殴りました。馬はそれでも動きません。怒鳴り散らし罵声を浴びせて引きずるようにして小屋にいれました。そしたら、全身怒りでいっぱいになっていた僕を前にして、その馬が涙を流したんです。ショックでした。ところがその馬は、僕が雑草をひろってあげたら、食べてくれるんですよ。恐ろしい程の寛容さをもっているんですね。この出来事をきっかけに、このままでは僕は死んでしまうと思うようになりました。つまり、僕を元気にしてくれた馬と一緒にいることができなくなったら、僕はまた元の状態に戻ってしまうと思ったんです。切実に暴力ではない何か別の方法で馬と関係を結びたいと考えるようになって、ホースセラピーに出会っていくことになりました。






 「ホースセラピー」という言葉がまだ日本に入ってきてなかった30年くらい前のことなので、ドイツやイギリスに学びに行きました。正式にではなくて、いきなり行ってみる、仲良くなって教えてもらう、というかたちでね。その中のひとりにジョインアップを発明したモンティ・ロバーツがいた。彼の実演をみて、人類史上はじめて動物と会話ができるということを具体的なかたちで示したんだと、強い衝撃を受けました。
学んで、実際に試してみるということを繰り返しながら、僕はセラピーや教育の方向に、馬とのコミュニケーションを活かしていけるのではないかと思うようになっていきました。わかりやすいボールを投げて、相手のボールにこたえていく。このコミュニケーションの原則によって、種を超えても繋がれるのであれば、どんな人とだって繋がれるはずだと思いました。重度な障がいがあって発語がなくても通じるんだと、繋がれるんだと確信をもっています。なぜその確信があるのかと聞かれたら、それは馬とだって繋がれるからと答えられる。ジョインアップを見てもらえば一目瞭然です。

――よりたさんと馬との関わりをみていると、何をしているのか見ている人にはさっぱりわかりません。全く動いていないように見えることもあるのですが、一体何が起きているのでしょうか。


 英語が上手な人が相手と対話ができるかというと、そういうことではないと思う。英語は上手だけど、全然共感できないということは起きる。それは通じてないと言っていいと思います。だから、馬の言葉を知っていれば通じるということではないんです。コミュニケーションとは何かというと、馬の反応に対して、その都度こちらが反応を返しているということなんです。僕の反応と馬の反応がいったりきたりしている状態をつくるということですね。何もしていないように見えるかもしれないけど、馬のわずかな動きに対してわずかに反応する、それを繰り返します。これがコミュニケーションの中身です。観察力と反応するまでの時間はすごく重要で、向こうが投げた瞬間にパシッと受け取る。これは、観察できていれば誰でもできます。相手が子どもたちでも同じですよね。いま起きた子どもたちの反応にどう反応するかということを繰り返していくということだと思う。
 でも考えちゃうと、途端に無限の難しさが出てきてしまう。19世紀以降、あらゆるメソッドが分析解析していく方向で積み上げられてきました。こういう時はこうしたほうがいい、この玩具でこうしたらこうなる、といった積み重ねで分析し対処していくという回路が強化されました。もちろん天才的な人がいれば、分析的に対処してうまくいくこともあるけど、誰でもできることじゃない。もっとシンプルにその人が自由な気持ちでそこにいて反応していくほうがはるかに簡単だと思う。
 そういうコミュニケーションの練習ができる最もすぐれた動物はなにかと考えると、馬なんじゃないかと僕は思っているんですね。馬とのコミュニケーションができれば、人とのコミュニケーションもできる。そう考えているんです。馬は人間よりも反応に対して的確に対応します。相手の反応が違ったら一切無視します。動かなくなるからわかりやすい。

――自分の心と身体が乖離してしまっている人が増えていて、思考することはできても、反応できないということが多くの大人に起きているのではないかと思うのですが。


 そうですね。現代社会で大事にされているのは、反応ではなくて思考だから。でも、本当に大事なのは反応だと思うんです。教育は、思考から反応へシフトしていく必要があると思っています。それは具体的に何かというと、遊びです。遊びは反応の塊ですよね。たっぷり遊ぶ中で考えることを学べばいい。危ないところから逃げる。暑いから日陰に入る。こういうことも全部反応です。考えてやっているわけじゃない。反応は感受性や感性につながっていると思うんです。反応=感じて行動する、ということを子ども時代に大事にしていくことが大切だと思っています。
 いま、世界は複雑化し、未来がどうなっていくかますますわからなくなってきています。例えば、生態系とはなにかということを網羅的に証明することって不可能ですよね。みんなが何かに繋がっているということは言えても、この昆虫はこれとこれとこれに繋がっているということをすべて解読することは不可能。こうした複雑性を乗り越える方法がふたつあると考えていて、ひとつは「反応する力」によってコミュニケーションを深めていくこと。もうひとつは、分離分割すること。自分が理解できないものは隔離し、分けていくことによって複雑性が薄まります。分けられたチームの中で「多様性」とか言い出すわけです。でも、そういうことをしていると、生命は多様性を失って滅んでいくのではないでしょうか。僕は前者の方法によって、世界の複雑性を乗り越えていくことができると信じているし、そうした人が育つ場をつくっていきたいと思っています。






――よりたさんが運営するフリースクールでは、小学生から高校生まで、さまざまな困難を抱えている子どもたちを積極的に受け入れられています。子どもと馬、そして大人がどのように関わり合っているのでしょうか。


 子どもからの暴力があって大変なんじゃないかとよく心配されるのですが、全く大変じゃないです。子どもたちとの関わりが大変ということはありえない。大変なことは全部馬がやってくれるので、人間がやっていることは本当に最小限です。例えば、子どもから大人への暴力がなぜ起きるかというと、対峙しているからだと思うんです。子どものことをケアしている、相談をきいている、子どものために考えて行動している、こういうことをしていると殴られます。僕たちは、そういうことを全部手放してしまう。対峙しない、ケアしない、相談にのらないのです。遠藤さんと馬、僕と馬という関係はあるが、僕と遠藤さんの関係はない。そうすると全部、馬がもっていってくれます。でも、馬は個体認識しないから大丈夫なんです。

――でも、子どもたちから話を聴いてほしいという場面はありますよね。


 そういう時は「じゃあ馬に乗ろう、馬のうんこ拾いに行こう」と伝えます。そうすると、本当に子どもの状態が変わっていきます。うちにはいろんな子がくるけど、その子が抱えているのは社会的な大変さなんですね。その子自身の大変さではない。「おまえは俺の世話をすることで金もらってんだろ」って子どもから言われることもありますけど、そういう時は「いや、馬のためにここにいるんだよ。君のためじゃない」と答えます。人間中心、自分中心から、意図的にずらしていくんです。だから、子どもから相談があったら、その答えは全て「馬に乗ろう、うんこ拾いに行こう」です。「セラピーっていってるけど、子どもに何もしないじゃないか」と批判する方もいます。でも、どこにも受け入れてもらえなかった子が、僕たちのところにきたらすくすく育っていくという現実があるんです。どんな子も創造的な活動を自然と展開していくようになるのを実際に見てきました。僕自身がそうであったように、馬と暮らすことによって、子どもたちが本当の意味で育つことができるんじゃないかと思っています。




(インタビュー採録日 2019.11.05)


よりたかつひこ ホースインタープリター/他力サンガ発起人、他力塾代表。 日本におけるホースセラピーの草分けとして、全国・海外にも拠点を置き、馬を介した環境教育や子どもの自立支援など、オリジナリティあふれるプログラムを展開。



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遠藤 綾(Aya Endo)

軽井沢風越学園 職員/ライター/編集者。
2005~07年九州大学USI子どもプロジェクトで子どもの居場所づくりの研究に携わる。2008年から主に子ども領域で書く仕事、つくる仕事に携わりながら、インタビューサイト「こどものカタチ」を運営。2013~16年 NPO法人「SOS子どもの村JAPAN」で家族と暮らせない子どものための仕事に携わる。2016年に山形県鶴岡市に移住し、2016年~2021年「やまのこ保育園home」、2018年「やまのこ保育園」の立ち上げと運営に携わる。2021年春に軽井沢へ拠点を移し、現職。



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