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第2話
児童書出版社スコット社と
マーガレット・ワイズ・ブラウン


この本は、たのしく読んでください。
声にだして、2、3章ずつ、
ひといきに読みましょう。
ちいさい子には、
おとなのひとが、読んであげてください。
ふつうの文章のように、
「、(てん)」や「。(まる)」が
ないことは気にせず、
書いてあることばを読んでいきます。
意味は考えずに、
ことばをすばやく読んでいきます。
うまくいかなかったら、
すらすら読めるようになるまで、
どんどんスピードをあげて、
読んでみましょう。

この本は、たのしく読んでください。


『世界はまるい』の表紙をめくると、最初に目に飛び込んでくるのが、カバーの見返しに印刷された、こんなことばです。原書の初版に「読者のみなさんへ」と題するこのメッセージを書いたのが、作者のガートルード・スタイン自身なのか、編集者マーガレット・ワイズ・ブラウンか、はたまた、PR担当者の手になるコピーか──。残念ながら、たしかなことはわかりません。でも、このメッセージには、1939年に『世界はまるい』を刊行したニューヨークの新進気鋭の児童書出版社、スコット社が、“子どものための現代の絵本”というコンセプトにこめた、熱い想いがはっきりと感じ取れます。
 スコット社は、先進的なバンクストリート教育大学の創設者、ルーシー・スプラーグ・ミッチェルが唱えた“いま、ここ(here and now)”の子どもの本を実現するため、1938年に設立された出版社です。「幼い子どもたちは、伝統的なおとぎ話やマザーグースのような架空の世界よりも、自分たちが実際に生きている “いま、ここ(here and now)” の世界に興味を示す」という信念にもとづき、子どもたちの身のまわりの世界をテーマに、色や音のひびき、手ざわりなど、五感にうったえかけることをたいせつにした、新しいタイプの子どもの本を出版することをめざしていました。
 実際、スコット社から刊行された最初の5冊の絵本をみてみると、布に印刷され、ボタンやちいさな鈴、綿のしっぽがついたうさぎの絵本、スパイラルとじのボードブック、都会の町並みと田舎の風景を、それぞれパノラマで展開した2冊の折りたたみ式絵本といったラインナップで、ふつうのかたちをした絵本は1冊しかありませんでした。それさえ、ストーリーらしいストーリーはなく、リズミカルにくりかえされることばに、単純なかたちをコラージュした画面を組み合わせたものでした。マーガレット・ワイズ・ブラウンは、このスコット社の初代編集者でした。

Leonard S. Marcus,

Margaret Wise Brown: Awakened by the Moon

(Harper Perennial 1999)


 それにしても、ガートルード・スタインの一見、子ども向きとは思えない『世界はまるい』のような難解なテキストを、マーガレット・ワイズ・ブラウンはなぜ、いともすんなり、“子どもの本”として受け入れることができたのか──。スコット社の“子どものための現代の絵本”というコンセプトに照らしても、ブラウンが学生時代からモダニズム文学に親しみ、ガートルード・スタインにあこがれて、作家になる夢をふくらませていた、という事実を考慮に入れても、やはり謎は残ります。
 その秘密について、あれこれ思いをめぐらせていたある日、ニューヨークの文芸評論家らが主宰するサイトで、「おおきなみどりのへやで──マーガレット・ワイズ・ブラウンとモダニズム」(

In the Great Green Room: Margaret Wise Brown and Modernism

)という、1編のエッセイに出会いました。寄稿者の女性は、子どもがまだ小さかったころ、大学でスタインの前衛的な詩について講じるかたわら、夜になると、子どもたちに『おやすみなさい おつきさま』を読み聞かせる日々を送っていたところ、あるとき、両者の質感がとてもよく似ていることを発見します。色というエレメントの使い方、日常的なもの(オブジェ)へのまなざし、さまざまなバリエーションによるくりかえしなど、革新的なはずのスタインの文体の特徴が、自身も子どもの頃に読んだ『おやすみなさい おつきさま』に似ていて、むしろなじみ深く、懐かしいものに感じられたというのです。ふたつの作品が似ているのは、しかし、偶然ではありませんでした──。
 ガートルード・スタインとマーガレット・ワイズ・ブラウンのつながりは、スタインの学んだラドクリフ女子大学にまで遡ります。スタインはラドクリフで、意識の流れの理論を唱えた草分け的な心理学者、ウィリアム・ジェームズに師事していましたが、そのときのクラスメイトのひとりが、マーガレット・ワイズ・ブラウンの師、ルーシー・スプラーグ・ミッチェルだったのです。そもそもミッチェルが、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに、バンクストリート教育大学の前身である教育実験研究所を設立し、言語の発達と子どもの本の関係を研究するようになったのは、児童発達研究のパイオニアでもあったこのウィリアム・ジェームズと、彼女の友人であるジョン・デューイの影響によるものでした。ジェームズとデューイは、ともに新しい哲学であったプラグマティズム(実用主義)を代表する学者で、子どもの知性と感情の発達について研究し、子どもの本は発達学の枠組みに沿って執筆されるべきだ、と主張していました。その教えを、年齢にあわせた物語と詩の作品集という具体的なかたちにあらわしたのが、ミッチェルの『いまここで お話の本』(

Here and Now Story Book

, 1921)でした。
 学生時代からガートルード・スタインを愛読し、作家になることを夢見つつも、将来を決めかねて、バンクストリートの教職課程に迷いこんだブラウン。そんなブラウンの才能をいち早く見いだし、幼い子どものためのテキストライター、エネルギッシュで創造的な絵本編集者へと後押ししたミッチェル。そのミッチェルの“いま、ここ(here and now)の子どもの本”という考えを、具体的に実現するために創業されたスコット社。その初代編集者として、マーガレット・ワイズ・ブラウンは、ガートルード・スタインに子どもの本の執筆を依頼し、そうして誕生したのが『世界はまるい』だったのです。もちろん、スタインの独特な文章のスタイルの芽生えが、ラドクリフでのウィリアム・ジェイムズとの出会いにあったことは間違いありません。
 
 才能と活力にあふれ、それぞれ独自の道を歩んできた3人のアメリカ人女性が、『世界はまるい』という1冊の本によって、まるくつながったのです! こんなふうに円環する見えない絆があったからこそ、ブラウンは、スタインから届いた「世界はまるい」の破格の文体をすんなり受け入れ、声にだして読み、意味ではなく音のひびきや、妄想のようなイメージの連鎖を五感で感じることを愉しみ、さらには、その文体が子どものしゃべりのリズムに似ていることを即座に見抜いて、「テンやマル(句読点)がなくても、子どもには文章の区切りがどこなのか、自然にわかる」と言い切り、迷うことなく“子どもの本”として出版することを決断できたのでしょう。なによりブラウンは、読者である幼い子どもの感性をとことん信頼していました。



 わたしの友人の娘で、6歳になるHちゃんは、毎晩ねる前に、おかあさんと『世界はまるい』を読むのを楽しみにして、ひと月半ほどかけて、34章すべてを読み通してくれました。ときには、Hちゃんが、おかあさんに読んであげることもあったそうですが、この本を読みはじめた最初の日、おかあさんが「むかしあるとき……」と冒頭のフレーズをいくつか読んだだけで、Hちゃんは「ふうん、そういうことなの!」と、いともたやすく、まるい世界に入っていったといいます。子どもが物語の世界を感受する力は、ほんとうにすばらしいものです。そして、最後の章を読み終えた日、ぱたんと本を閉じると、しばらく間があって、Hちゃんは「……なんか感動した」と、ぽそりとつぶやいたそうです。友人のことばを借りれば、“じわっときた”という感じで余韻にひたっている娘の姿が、いつになく大人びて感じられたといいます。
 Hちゃんはきっと、五感を全開にして、わたしたちよりもずっと親密に、『世界はまるい』の世界を味わってくれたのでしょう。それと同時に、Hちゃんはこのとき、文学のよろこびへとひらかれた、最初の扉をくぐりぬけたのだと思います。このエピソードは、刊行から80年近い時をへて、マーガレット・ワイズ・ブラウンの直感が、まさに正しかったことを証明しているように思えます。



 幼い子どものために書くことに天職を見いだした、マーガレット・ワイズ・ブラウンは、編集者として活躍する一方、本名のほかに、ティモシー・ヘイ、ゴールデン・マクドナルド、ジュニパー・セージという、3つのペンネームを使い分けて、いくつもの出版社から絵本を出版しました。そうして、1945年のある朝、1篇の詩のような『おやすみなさい おつきさま』(

Good Night Moon

, 1947)のテキストが、一気に書きあげられました。親しい編集者から“ミス・ジーニアス(ミス天才)”と呼ばれ、旺盛な創作意欲を発揮したブラウンは、しかし、子どもの本を書こうと思って書いたことは一度もない、すべては“ハッピー・アクシデント(偶然の賜物)”なのだ、と語っています。
 
 
ゴールデン・マクドナルド名義の作品『ちいさな島』(童話館出版)
 
『おやすみなさい おつきさま』は、初版6,000部以上を売り上げたあと、いったん人気は下火になりますが、1953年にふたたびブレイクして、以後、世界的なロングセラーになります。しかし、マーガレット・ワイズ・ブラウンは、ブームの再燃を知ることなく、1952年、婚約者と訪れたフランスのニースで、急病のため、あっけなく世を去ります。42歳の若さでした。美しく、魅力と才能にあふれ、だれよりも幼い子どもの心に寄り添って、詩人の魂で、絵本のテキストを書くことをアートにまで高めた“ミス・ジーニアス”は、1937年にデビューしてから、わずか15年ほどのあいだに、100冊以上の絵本を世に送りだし、アメリカ絵本の黄金時代を駆け抜けました。その後には、未発表の詩や、絵本のテキストの草稿が数多く残され、“マーガレット・ワイズ・ブラウン作”の新しい絵本や、既刊のテキストに新たな画家がイラストレーションをつけた新版が、最近になってからも続々と刊行されています。
 そのうちの1冊が、レミー・シャーリップの挿し絵で、1961年にスコット社から刊行された

Four Fir Feet

(ふわふわ よんほんあし)です。日本でも2012年に、木坂涼さんのリズミカルな訳で、『てくとこ ずんずん』というタイトルで刊行されています。「まっくろくろの ふわふわ よんほんあし」が、「てくてく とことこ」「せかいを ぐるっと あるいていく」おはなしです。各ページの見開きには、まるい地球の一部が描かれており、画面のふちを歩いていく「ふわふわ よんほんあし」を目で追っていくと、絵本をくるくるまわすか、自分が絵本のまわりをまわるかして、読み進めることになり、360度まわす(もしくは、まわる)と、地球を一周するしかけになっています。リズミカルな詩のことばとともに、“よんほんあし”の目線で、地球がまるいことをフィジカルに楽しむこの絵本に、マーガレット・ワイズ・ブラウンからの献辞は見あたりませんが、わたしにはこのテキストが、ガートルード・スタインに捧げられたオマージュのように思えてなりません。  
 
『てくとこ ずんずん』(集英社)
 

 次回は、舞台をフランスに移し、20世紀初頭のパリで数々の伝説をつくった、ガートルード・スタインについておはなししたいと思います。どうぞ、お楽しみに。


主な参考文献
レナード・S・マーカス『アメリカ児童文学の歴史 300年の出版文化史』(前沢明枝監訳、原書房、2016)
レナード・S・マーカス「ブラウンとハードの生涯 “おおきなみどりのへや”の夢をはぐくんで」(中村妙子訳、『“おやすみなさい おつきさま”ができるまで』より、評論社、2001)
吉田新一『連続講座〈絵本の愉しみ〉1 アメリカの絵本 黄金期を築いた作家たち』(朝倉書店、2016)
Amy Gary,

In the Great Green Room: The Brilliant and Bold Life of Margaret Wise Brown

, Flatiron Books, 2017
Leonard S. Marcus,

Margaret Wise Brown: Awakened by the Moon

, Beacon Press, 1992/Harper Perennial 1999
Anne E. Fernald,

In the Great Green Room: Margaret Wise Brown and Modernism

, Public Books, November 17, 2015
http://www.publicbooks.org/in-the-great-green-room-margaret-wise-brown-and-modernism/(2018-02-25閲覧)


みつじ まちこ

1964年、三重県生まれ。洋書絵本輸入会社勤務を経て、絵本、アート、食などの分野を中心に、翻訳、執筆、編集にたずさわる。2001年、パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店で、ガートルード・スタインを知る。2007~12年まで、母校である青山学院女子短期大学図書館にて、欧米の古書絵本「オーク・コレクション」の調査と図録制作に従事。おもな訳書に『フードスケープ』(アノニマ・スタジオ)、『ミシュカ』(新教出版社)、『地球の食卓』(TOTO出版)、「はじめてであう絵画の本」シリーズ(あすなろ書房)など。



世界はまるい

文:ガートルード・スタイン
絵:クレメント・ハード
編:マーガレット・ワイズ・ブラウン
訳:みつじまちこ

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