タイトルデザイン:峯崎ノリテル ((STUDIO))

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「働いて生きること」は、人の数だけ、物語があります。取材でお会いした方、ふだんからお世話になっている方、はたまた、仲のいい友人まで。これまでに出会った、他の誰とも似ていない仕事をしている「自分自身が肩書き」な人たちに、どのようにしてそうなったのか、話を聞きにいきました。

写真:藤田二朗(photopicnic)

はじめからそこにあったように、なるべく自然で素直な翻訳を

第15話 ((STUDIO)) 峯崎ノリテルさん 正能幸介さん


社会人になりたてのときに、私たちは知り合った。
そのころから一緒に仕事をしてきた仲間だから
この企画が本になるときにはぜひともふたりにお願いしたかったのだ。
それが、最もふさわしい本のかたちと思えたから。
峯崎ノリテルさんと正能幸介さんをひらく、しごとの話。

名前

仕事

デザイナー

この仕事を始めたきっかけ

スタジオ・ボイス


みねざき・のりてる(左)
しょうのう・こうすけ(右)

1976年、神奈川県出身の峯崎ノリテルと、1978年、東京都出身の正能幸介によるデザインユニット。ともにデザイン事務所「キャップ」に入社、『スタジオ・ボイス』(*)のデザイナーとなり一緒に手を動かす。2006年、((STUDIO)) 結成。『スペクテイター』『シルバー』など、エディトリアルとグラフィックを主軸にした体温の宿ったオーガニックなデザインを得意とする。
www.studiostudiostudio.com

*アンディ・ウォーホルによる『Interview』誌にインスパイアを受け、同誌と提携するかたちで1976年に創刊した月刊誌。新進気鋭のクリエイターを起用した特集内容もデザインもすこぶるクールで、サブカルチャー誌の代名詞として一時代を築いた。



箱根の子と、東京の子


───ミネくんは桑沢デザイン研究所、正能くんは東京造形大学に進学する以前に遡ると、どんなこと、どんなものが好きでしたか?

正能 小さいときから絵を描くのが好きでした。絵に限らず、版画や陶芸など、なんでもやらせてくれるような美術教室に通ってて。

──じゃあ、わりとそのまま、いまにいたっている。

正能 そうですね。美大を選んだのも、とりあえず絵が描ける環境に行きたいなっていう理由で。それ以外、とくにやりたいことはなかったから。

──でも、音楽も好きだったでしょ?

正能 好きでしたけど、誘われなかったらバンドはやらなかったと思う。




──担当はベースでしたっけ?

正能 ……ドラムです。

峯崎 なんでいま小声で言ったの(笑)?

正能 自信をもって言えないから(笑)。

──ミネくんは、バンドはやってなかった?

峯崎 やりたかったですけどね。自分は小学生のときは、ジョン・ケージとかアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンなんかを聴いてたんですよ。

──おかしいでしょ!

峯崎 自分のおすすめを学校に持ってっても、同級生に微妙なリアクションしかされず。

──そりゃそうでしょう(笑)。そういう音源は箱根のどこで買えたんですか?

峯崎 いや、買えないですよ(笑)。

──じゃあ、情報はどうやって手に入れたの?

峯崎 9歳上の姉の友だちがそういう音楽ばかり聴いていて、うちに遊びにきたときにいろいろ聴かせてくれたんです。で、うわー!ってなって、その人もおもしろがって、いろいろ教えてくれて。田舎の小学生がそんなんなっちゃったら、まわりの誰ともつながれないじゃないですか。だから、孤独で淋しい幼少時代でしたよ。

──想像するに不憫(笑)。箱根の山のなかで。

峯崎 電波が入らないから、そういうラジオ番組も聴けない(笑)。だからそうしたカルチャーにふれるためには、箱根湯本駅の近くの本屋さんに一冊だけ入荷してる『宝島』を買いにいって、それをひたすら読み込むみたいな。誰かと共有できなければ、ひとりでどんどん深く掘っていくしかないから。

──なるほど。『スタジオ・ボイス』はその延長線上なんですね。



峯崎 『ボイス』は当時からすごいかっこいいなと思ってました。こんな世界があるんだ!って、ものすごくキラキラして見えてた。こういうことがやりたいなって漠然と思ってて、デザインに興味をもつ入り口はそこからって感じです。

──正能くんは、ガツンと影響されたものは何かありましたか?

正能 中学生のときにスケートボードに夢中になりました。友だちの兄貴の本棚にある『スラッシャー・マガジン』を一所懸命見てましたね。

──こっちは東京の子だから。

峯崎 ちょっと洗練されてる(笑)。

──友だちもいるし(笑)。

峯崎 それに、箱根と違って手を伸ばせば情報がありますからね。でも正能くん、好きなものはずっと変わってないみたいですよ。正能くんを昔から知ってる人に聞いたら、着てるTシャツが中学のときから同じだって(笑)。

正能 たしかに、同じバンドTシャツを何枚も買い直して着続けてますね。音楽でもなんでも、新しいものに興味をもたないことはないですけど、最終的にはいつものに戻りますね。





自分で考える人間になる


──情報がないなか、桑沢デザイン研究所はどうやって見つけたんですか?

峯崎 さっき話したような世界に興味はあるものの、どうしたらいいのか全然わからなくて。高校3年生のときに美術の先生に相談したら、桑沢という学校があると教えてくれたんです。だけど、おまえみたいなやつは絶対入れないだろうって。自分、美術の先生にすごい嫌われてたんです。

──でも、相談したんだ?

峯崎 他にとっかかりがなかったから。一応、受かったときに報告に行ったら、桑沢ももうダメになっちゃったんだなって嫌味を言われました。

──なんでそんなこと言うかな! だけど、どうして嫌われてたんだろう。美術は好きだったんでしょう?

峯崎 もちろん好きだったんですけど、教科書に載ってるような名作の類には全然興味がもてなかったんです。キース・ヘリングとかアンディ・ウォーホルとかポップアートが好きだったから、写実的な絵画なんかには全然ピンとこなくて。で、それをよしとする“正論”を受け入れることができなかった。



──そういう思いは先生に伝えていた?

峯崎 自分はこんな絵は全然いいと思わないって言ってました。美術なんかはとくにそうですけど、教科書っていうのは勝手な価値観を一方的に押しつけてくるなと思って。誰かにこれが正しいと言われたことをそのまま信じるっていうのは、自分で考えることを放棄しているようで嫌だなと思ってたんです。自分は絶対、自分で考える人間になりたいと思って。

──すごく共感できますけど、子どものときからそこまではっきり自覚している人は、そんなに多くないかも。




きれいな夕陽を見にいこう


──正能くんは、もうちょっとのほほんとしてました?

正能 いまと変わらず、のほほん、ですね。

峯崎 でも正能くんも、昔の話を聞いたらけっこう似たような感じだったから、自分は勝手にシンパシーを感じてたんですよ。

──どういうこと?

正能 小学校、中学校と、ずっと友だちがいなかったんです。

──スケーター仲間がいたんじゃないの?

正能 それは中学生活も終わりのころに、ふたりくらいできただけ。高校でも友だちは3~4人でした。

──でも、ミネくんはそこに親近感を感じたわけじゃないでしょう?

峯崎 うん、友だちいないからいいぞ!ということではない(笑)。なんですかね、同じようなことを考えてたんだな、と思ったんです。音楽とかカルチャーにものすごくのめり込んじゃった気持ちがよくわかるっていうのかな。普通にそういうのが好きな人と、明らかに違うレベルでの好き具合っていうか。信者じゃないけども、正能くんにとってそれが本当に必要だったんだな、という。

──でもそういうことなら、自分の好きな世界を突き詰められればいいのであって、友だちはとくには必要なかったのかもしれませんね。

正能 そうですね。結果、友だちがいなかったっていうことであって。

──だけど、造形大に入ってからは友だちができたんでしょう?

正能 いやあ、ガラッと変わりましたね。好きなものが共通してる人が、まわりにぐんと増えました。

──楽しくなった?

正能 楽しかった部分もあるし、そんなに変わらない部分もありました。人との距離感があんまり縮まらないタイプなんで(笑)、3人が何十人に増えても、各々との距離感はあんまり変わらない。




──へえ。正能くんって私にとってけっこう謎だったけど、なんだかちょっとだけわかってきた気がします。

峯崎 正能くんに関しては、いまだに謎だらけですよ。

──ミネくんでさえ? でも正能くんがいちばん心を許してるのは、ミネくんですよね。

正能 そうですね。

峯崎 なにせ家族より一緒にいる時間が長いですからね。でも、謎なところはいっぱいある。

──もしかしたら正能くんって、そうとう変わってるのかも。

正能 自分も、ミネちゃんは本当に変わってるなって心の底から思ってる(笑)。一緒にいておもしろいですよ。その日ごとで全然変わるので、毎日違うテンションでいられるのが楽しいんです。



──感情の浮き沈みがあるということ?

正能 それもありますし、え?っていうことを突然する。たとえば、夕陽がきれいだからっていきなり誘われて、ふたりで見にいったりとか。

──仲いいな(笑)。

峯崎 近所の高層ビルの上階から見る夕陽が、ほんとにいいんですよ~(笑)。

──だけどさっきの、人との距離感が縮まらないってことでいうと、ミネくんは、正能くんのなかにずいぶん大胆に入り込んでくる人なんだね。

正能 ズイッと入ってきたり、サッといなくなったり(笑)。その感覚がおもしろい。

峯崎 なんか、モジモジしてきた(笑)。いままで一度もこんな話をしたことないから。

──面と向かってお互いのことを言い合うなんて、なかなかしないよね。で、ミネくんのほうは正能くんのことをどう思ってるんですか?




峯崎 人間的にできてる人だから、自分もこんなふうになりたいなって思うことがけっこうあるんです。急にこんなこと言って恥ずかしいんですけど(笑)。正能くんのことをくれぐれも大切にねって何度か人に言われたことがあるんですけど、わかってます!っていう。

──正能くんは、ミネくんが社会生活を営むための“かすがい”になってる(笑)?

正能 それはないでしょ。

峯崎 あります、あります。もしひとりになったら、焼け野原にポツンと立って、どうしたらいいかわからない、みたいな心境になるんじゃないかな。

──一方、正能くんは、まったくひとりでやっていた経験がないから、そういう感覚はあんまり想像できない?

正能 そうなんです。

──いざひとりでやってみたら、めちゃくちゃ快適だったりして(笑)。

峯崎 なんだか軽いぞー?って肩ブンブンまわしちゃって(笑)。それ、辛いなあ。

──まあ、でもべつに一緒に“いてやってる”わけじゃないもんね。大丈夫、いま言葉にしたことで、きっと絆が深まる(笑)。とにかく、いまだにお互いがお互いを興味深い存在だと思ってるのはまちがいなさそうですね。


初めて立ち止まる


──以前インタビューしたときも掘り下げましたけど(『雑誌のデザイン』誠文堂新光社刊)、((STUDIO))がユニークなのは、ふたりの役割が明確に分かれていないこと。片方がアートディレクターで片方がアシスタント、というようなことでは全然なくて、時と場合によって変幻自在に体制が変わりますよね。しかも、それについて話し合ったことは一度もないという。

峯崎 そうですね。分担については相談したことはないんですけど。じつはいま、けっこう変化があってですね。

正能 うん。ふたりでちょいちょい、話しましたね。

──というと?

峯崎 フリーランスになってからこっち、仕事が途切れたことがなかったんです。大きい山が終わるとちょうど次の案件が入ってくるという具合に、ありがたいことにすごくスムーズで。ところがこの春くらいに初めて、その流れが急に止まってしまって、ぽっかり時間が空いてしまったんです。
それで、原点回帰じゃないですけど、ちょっと立ち止まって自分らのやっていることをもう一度見つめ直す機会ができたんですね。

──どんなことを考えましたか?

峯崎 当たり前のことなんですけど、仕事があるってことがすごくありがたいことだっていうのから始まって、もっとやれる、もっとできるんじゃないかって。取り組み方っていうんですかね、結果の出し方に、これまでちょっと隙があったんじゃないのかな、と。

──それで、解決策は見つかったんですか?

峯崎 いままでと大きくは変わらないんですけど。

正能 より深く、ということでしょうか。これまではつねに次、次、次、という忙しさで振り返ることがなかったんですが、初心に戻る重要性をすごい感じました。

峯崎 デザイナーの役割みたいなことを引いて考えたときに、自分らのデザインが、あくまでも全体あっての1ピースであるってこと。たとえば好みの問題はちょっと置いておいて、より大きい結果が出せるほうを優先して吟味したほうがいいな、とか。これまではAのデザインのほうがかっこいいと思ったら、絶対Aのほうがいいですって主張してた。だけど、もしかしたらBのほうが、より多くの手にとられやすいかもしれない。要するに、マニアックじゃなくてメジャー感というんでしょうか。




──それを塩梅するのはまさにデザインの役割ですね。

峯崎 そうですね。だけどこれまでは、Aの考えばっかりで、きちゃってた。部屋に置いてあるんだったら絶対こっちのほうがかっこいいんだから、みたいな思考を、ちょっと考え直したというか。

──俯瞰して見るようになったんですね。それは、デザインを妥協するということでは全然ない。


神は細部に宿る


──この連載を書籍化するにあたって、デザインはぜひミネくんと正能くんにお願いしたいと思ったんですね。で、企画の内容は説明しましたけど、あとは基本、お任せしました。それは、このふたりにデザインしてほしいと思った時点で、このふたりにしかできないデザインの方向性がぼんやりとでも生まれるからで、あとは事細かに相談しなくてもいいものができる確信があったからです。
だから、いったら曖昧な私のオーダーを、どう受け取って、デザインに落とし込んだのか。そのあたりを訊いてみたいんです。たとえば、表紙のイメージにカモメを使ったのはなぜですか?






峯崎 タイトルの「わたしをひらく」という言葉に、すごくのびのび自由に動いている、という印象をもちました。ちょうどそのときに実際にカモメが飛んでいるのを見て、イメージが重なったんですよね。カモメたちは、よーし、飛ぶぞ!というよりかは、もっと自然に、気持ちよさそうにゆらゆらと風に乗ってるように見える。それが、今回のコンセプトに合ってるんじゃないかなって思って。

──カモメのイメージが上がってきたのは取材を始める前でしたけど、こうやって記事が出揃ってから見るとますます、内容とぴったり合ってる感じがします。

体裁についてはどうですか。私の好きな紙の雰囲気を伝えたら「洗いざらしのTシャツみたいな感じ」って、デザインしてくれて。で、驚いたのは、束見本(本番と同じ紙を使ったサンプルの本)ができてきたときに、遠目にパッと見た瞬間にふたり同時に「ああ、すごくいいですね!」と言ったこと。私だったら、手にとって、パラパラめくって、においをかいで、そこでやっといいかどうかがわかるんですけども。

峯崎 立体物としての本の厚さとサイズのバランスで、ちょうど気持ちいいところっていうのがあるんですよね。そこは完全に好みではあるんですけど。

──これまでにきっと膨大な数のものを見てきて、感覚が鍛えられているのかな。

峯崎 だけど、触る前にいいと思わないことには、本屋で手にとってもらえないから。

──たしかに。

峯崎 あ、いいなと思って、手にしてみたらもっとよくて、読んでみたらさらにいいっていうのがベスト。だから最初のとっかかりは、すごく感覚的だけど大事ですよね。たとえばこの表紙のタイトル文字ですけど、じつはこれ、フォントの角を全部削って、活版文字っぽく見えるようにしているんです。

──なんと! じつに((STUDIO)) っぽい技ですね。そういう配慮ひとつひとつが全体の仕上がりに影響するんですよね。言われなきゃわからないようなことでも、比べてみたら明らかに違う。

峯崎 アナログの時代だったらわざわざこういうことをする必要はなかったのかもしれません。いまはDTPで、なんでもちょっとカチッとしすぎちゃうというか、事務的になっちゃう。だから、印象を少しやわらかくするためにひと工夫するっていう。

── ((STUDIO))のデザインに、温度感や手触り感といった人間っぽさを感じるのは、そういうところに秘密があるんでしょうね。




マイクにエフェクターはいらない


──仕事のモチベーションはどこにありますか?

峯崎 やっぱり発注してきてくれた人が喜んでくれたときですかね。こういう感じにしたいっていうクライアントのホワーンとしたイメージをじっと見つめて、それを具体的な形に変換するのが自分らの仕事だと思っているので、それがうまくいったときがものすごく嬉しいです。だから、打ち合わせを重ねながらかたちづくっていって最終的に完成したときに、まるではじめからあったみたいな、最初からこうだったみたいな存在感になってたら、ああ、よかったー!と。

正能 うん。翻訳のような感じですかね。スッとハマッて、素直に伝わるものができるのがいちばん気持ちいいし、嬉しい。

峯崎 自分ら発信でつくるわけじゃないですから。本だったら、書き手と読者が直接つながることができればOK。書き手の声がなるべくいろんな人に届くようなマイクになれればよくて、そこによけいなエフェクターはいらないんですよね。

──私にとっての仕事もまったくそう。自分自身のなかには表現したいことはべつにないんですけど、誰かの発言をわかりやすく伝えるという翻訳的な感覚はたしかにあります。
それで、社会的に誰かの役に立つことが自分の喜びっていう意識は正直いってあんまりないんですけど、実際はそうなったときに嬉しいんですよね。もちろん制作過程の作業もおもしろいんだけど、それをした結果、楽しんでくれる人がいることにいちばん喜びを感じてしまうというか。



峯崎 そうですね。で、自分の場合は、いろんな紙の種類とか印刷の方法とか、なるべくいろいろなマイクを用意しておいて、最適なものをいつでもハイッて差し出せるようにしておきたい。

──マイクの種類が増えたら増えたで、それがばらばらに散らばってるわけじゃなくて、むしろ、つながったり、まとまったりするような感じがしない?

峯崎 シンプルになっていくというか、よけいなものがなくなってくみたいなことなのかもしれない。

──本質的になっていく、ということなのかも。自分の知識と経験が充実していくのに比例して、それらが広がると同時に有機的につながってくるっていうのは、仕事のおもしろいところです。人間関係もそうだけど。

峯崎 自分ができることで、社会とつながることができるんですよね。たとえば自分は人としゃべるのは得意じゃないけど、デザインに関してだったら、誰とでも対等にやりとりできるのがやりがいっていうか。それで喜んでもらえるってことがあると、ますますそう思っちゃいますよね。いま話してて思いましたけど、子どものときに誰かとつながりたいと思ってたのって、もしかしてこういうことだったのかも。

──人と何かを共感できるって、単純に楽しいもんね。それがデザインだったりインタビューだったり、それぞれ得意なツールでコミットし合う。そこが仕事の、人間関係の核心なのかな。だって、それがなかったら、それこそ山奥にこもって仙人になるしかない。

峯崎 そういうのにもまた憧れますけどね。でもそれって、傍観者というか、世間と関わっていないからな。自分、デザイン事務所を辞めて間もないころにロサンゼルスにしばらく住んでいたんですけど、帰ろうと思ったいちばんの理由はそこで。向こうではずっと絵を描いてて、それを人に見せたりはしてたけど、結局それでは社会と何も関わってないというか。成功でも失敗でもいいから、自分の行為に対するダイレクトなリアクションが欲しかったんですよね。




──たしかにそうですよね。私も文章を書くのは好きだけど、それがもし誰にも読んでもらえないとしたら、書き続けられるかどうかわからない。

峯崎 暗闇に向かってただボールを投げてるように、どこかに届いてるんだか届いてないんだかわからなくて、不安になってくる気がします。でもまさにこの本のタイトルみたいに、仕事することで自分がちょっとずつ“ひらいて”いってる感じはあるんです。1回立ち止まって考えたことで、視点が引けて、もうちょい広くて遠いところまで見えるようになったっていう出来事もちょうどあったし。そういうのを毎年少しずつ、積み重ねていって、ひらいていくような。

──……ということですけど、正能くんもそんな感じ、ありますか?

正能 (こっくりとうなずく)

──それ、紙面では伝わりませんよ(笑)。

正能 「正能、うなずく」って、ト書きみたいに書いてください。級数は小さくしときますから(笑)。


峯崎ノリテルさんと正能幸介さんの “仕事の相棒”
お互い
「ラリーとか、ドライバーとコ・ドライバー(ナビ)で組んで挑むレースがあるじゃないですか。役割はそれぞれ担ってるけど、責任は一緒っていう。自分らの関係はそれに近いかもしれません。作業してると、ものすごいスピード感になってくるときがあるんですよ。べつにしゃべったりしないし、はたから見てもわからないと思うけど、すごい緊張感で、すごい速度で並走してる。脳みそがビュンビュンいってるのがわかるんです。それが、一緒にやってる醍醐味ですね」



インタビュアー

野村美丘(のむら・みっく)

1974年、東京都出身。東京造形大学卒業。『STUDIO VOICE』『流行通信』の広告営業、デザイン関連会社で書籍の編集を経て、現在はフリーランスのインタビュー、執筆、編集業。文化、意匠、食、旅、犬猫など自分の生活の延長上をフィールドに公私混同で活動中。座右の銘は「ひと文字ひと文字にキレあれ」。この連載の撮影を担当している夫とphotopicnicを運営している。
www.photopicnic.pics


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