第2回 チョウ
~ナミアゲハ編~

 5月に入り、我が家にはこれでもかとチョウがやってくるようになりました。中でも一番多く見かけるのはナミアゲハです。アゲハと言えばこのチョウを指しますし、もっともポピュラーですね。誰もが一度は実物を見たことがあるのではないでしょうか?

ニセアカシアで休むナミアゲハ

 黒地に白い筋が入っていますが、羽根を広げた状態だと青色や(だいだい)色の部分があることもわかります。なんとも美しいデザインです。第1回で紹介したキアゲハにとてもよく似ていますが、並べて比べてみると、模様の違いのほか、キアゲハの方が全体的に黄色っぽく見えます。

 さて、ナミアゲハの食草はミカン科の植物です。ミカン、キンカン、ユズ、レモン、山椒、ハーブではルー(ヘンルーダ)などです。今、挙げた植物のうち、我が家の庭にはミカン以外は全てあり、またユズの木はとても大きいので目立つのかもしれません。季節になれば、ひっきりなしにナミアゲハが訪れます。

 けれど、観察していて気づくのは、え? よく見つけたね? と思うような、小さな苗木にも卵を産むことです。芽が出たばかりの晩柑(ばんかん)のポット苗に、終齢(しゅうれい)の幼虫がいた時にはびっくりしました。鉢植えで育てているレモンやキンカンの木にも幼虫をよく見かけますから、食草の大小はあまり関係ないようです。それよりも、新芽ややわらかな葉の方が好みなのかもしれません。そのため、幼虫を見つけたい! 育ててみたい! と思ったら、ベランダやテラスなど限られたスペースでもなんら問題ありません。ナミアゲハならちゃんと見つけて、卵を産みに来てくれるはずです。

晩柑のポット苗にいた終齢のナミアゲハ

 ところで、ある日のこと。いつものように、庭でナミアゲハを眺めていたら、もう1匹のナミアゲハが追いかけてきました。2匹は戯れるように羽をバタつかせ、まるでダンスを踊っているかのよう。わあ、素敵だなあと眺めていたら、息子が驚いた様子で言いました。「これは、きゅうあい!!!」

ナミアゲハの求愛、とっても楽しそう

 なるほど、求愛というわけですね。昆虫の図鑑や本を読みこんでいた息子は、目の前で行われる求愛に大興奮。邪魔しないように、そっと観察することにしました。しばらく踊った後、2匹は意気投合したようで、なんと目の前で交尾が始まりました。「これは、けっこん!!!」息子は驚きすぎて声が小さくなっていました。


ナミアゲハの交尾

 それは美しい結婚でした。2匹は近くの木に落ち着き、体をぴたりと合わせています。時々、思い出したかのように羽をゆっくりと動かす以外は、ずっと重なりあっています。少なくとも1時間はずっと同じ体勢だったでしょうか。下にぶら下がるオスの頭に血が上ってしまいやしないかと心配になるほどの、長い時間です。

風にあおられるナミアゲハ、
でもしっかりつながっています

 途中、風が強く吹いたこともあって、一度飛び立ち、別の枝へと移動しました。なんと、飛んで移動する時も、この体勢のまま。強い風が吹いても離れることはありません。よく外れないなあと思い、近寄って観察して見ると、2匹の体が完全に繋がっているのが見て取れました。調べて見ると、オスには交尾の際に使用する把握器(バルバ)と呼ばれる器官があり、2枚の扉のようなものがメスの腹部をがっちりと挟んで、固定することができるのだそう。なるほどこれなら、簡単には外れることはなさそうです。


美しい!ナミアゲハの交尾

 把握器でがっちりと挟んでいるとはいえ、1匹がもう1匹にぶら下がっている状態です。上にいるほうがメスで、ぶら下がっている方がオス。つまりメス1匹だけで2匹の体重をささえているのです。それも糸のように細い、華奢な脚で! 愛の絆の強さを見せつけられているようです。

 2匹はたっぷりと時間をかけて交尾をし、どこかへ飛び立っていきました。ダンスのような求愛も素敵でしたし、優雅な時間が流れる結婚も素晴らしかった! とても美しいものを見せてもらいました。


 しばらくして、メスは卵を産むために食草を探し始めます。幼虫は偏食で、ナミアゲハの場合はミカン科の植物に限られます。でもどうやって見つけているのでしょう? メスは、植物の葉の表面を足で交互に叩いて、植物に含まれる成分を感じ取っているそう。ちょうど足を交互に動かす様子がドラムを叩くのに似ていて、ドラミングと呼ばれます。足の感覚器官で、味見をしているのだそう。

 さて、メスが卵を産みました。黄色い丸い卵です。たいていは葉の裏側に産みますが、柚子の実や枝に産むこともありますよ。


枝についていた卵を採取して、葉の上に置いて育てています

 その後、無事に幼虫が産まれました。ナミアゲハの幼虫を観察してみます。チョウの面影など全くない、なんだかぐちゃっとした見た目です。これは、鳥の(ふん)に見えるように擬態しているのです。この頃の幼虫は動きが少なくて、葉に乗っているだけなので、遠くから見ると確かに糞にしか見えない! 素晴らしいアイデアです。

糞にしか見えないナミアゲハの幼虫

 そしてキアゲハ同様、終齢になると大変身します。皆さんがよく見かける芋虫となります。

かわいすぎる終齢のナミアゲハ

 はあ、かわいい。特に大きな目がかわいいなあと思ってしまいます。ですが、私が長い間かわいいと思っていたのは、ナミアゲハの本当の顔ではなかったのです。これは本当の目ではなく、ただの模様(眼状紋(がんじょうもん))。よくよく見ると、口元あたりに小さな顔が付いているのです。つまり、大きな着ぐるみを被っているような状態になっているのですね。でもわざわざなんで?
 顔を大きく見せることで、敵に狙われにくくなるからだそうです。ただ、何度見ても、私は偽物の目がかわいいと思ってしまいます。でもそれでいいのです。ナミアゲハは騙そうとしているのですから、喜んで騙されようと思います。

 さて、チョウの一番美しい瞬間がやってきます。キアゲハ同様、下痢状のうんちをして、徘徊して、ここでサナギになろうと場所を決めたら動かなくなります。あのかわいい顔を曲げて、くの字の体勢に。この形になれば、サナギになる直前です。だんだん体を縮めていき、そのうちに体から白い糸のようなものを出して固定していきます(前蛹(ぜんよう))。


サナギの美しいデザインにも惚れ惚れ

 そして、最後の脱皮を経て、サナギになります(蛹化(ようか))。その後、約2週間ほど、サナギの中で人生最大の大変化(完全変態)、チョウになって出てきます。あの、むちむちとしていた幼虫が、羽を持つのです。本当に驚きでしかありません。そしてやっぱり美しい!

ナミアゲハの羽化、50倍速で

 羽化して、羽が伸びた後は、まったりタイムです。羽がしっかり乾かないと遠くまで飛んでいきませんから、しばらくの間、息子は好きなだけ触れ合って遊びます。洋服につけたり、顔に留まってもらったりしながら、好きなだけイチャイチャします。チョウも逃げる気がありませんから、お互いに一番幸せですね。見守ってきてよかったなと思う時間です。

息子のTシャツにとまるナミアゲハ

 キアゲハ同様、アゲハの幼虫を飼うことは、さして難しくありません。食草さえ用意すれば、美しい羽化を見ることができます。食草であるミカン科は大きな木もあるので、エサが足りなくなって困ることも少ないと思います。ユズやミカン、山椒の木は、庭木としてとてもポピュラーなので、お庭のあるお友達におすそわけしてもらうことも比較的容易ではないかと思います。
 また、ホームセンターで、例えばキンカンの苗木を買ってきて見つけた幼虫を移動し、鳥などに狙われないように大きな洗濯ネットをかぶせて見守る、という方法もあります。なんなら、ホームセンターに売っている時点でナミアゲハの卵が付いていることも、実はとてもよくあります。葉を調べて卵が付いていたら、一緒に持ち帰るという裏技もあります。

 「ナミ」アゲハですから、なんと言っても見つけやすいのが良いところです。通学路で、公園で、意識をしていれば、わりと簡単に見つけることができます。幼虫は苦手という方も多いと思いますが、終齢であれば思いの外、早くサナギになりますから、飼いやすさは抜群です。毛嫌いせず、身近なチョウの羽化を楽しんでもらえたらなと思います。


キアゲハ
見つけやすさ★★★★★
飼いやすさ★★★★★
愛の絆の強さ★★★★★



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プロフィール

良原リエ

音楽家。アコーディオン、トイピアノ、トイ楽器の奏者として、Eテレ「いないいないばあっ!」の音楽をはじめ、映画やテレビ、他アーティストの楽曲などの演奏、制作に関わる。インテリア、庭づくり、ハンドメイド、リメイク、子育てなどライフスタイル全てが活動・表現の場になっており、親子、子ども向けのワークショップ、イベントプロデュースなども行っている。著書に「食べられる庭図鑑」「たのしい手づくり子そだて」「まいにちの子そだてべんとう」(アノニマ・スタジオ)「トイ楽器の本」(DU BOOKS)など多数。
instagram ID : rieaccordion


良原リエさんの本

食べられる庭図鑑

広い庭がなくても大丈夫! 小さな庭やベランダで始められる、家庭菜園や庭作りのアイデアをたっぷり紹介。「野菜」「ハーブ」「果樹」「雑草・野草」など、育てて楽しい、食べて美味しい植物88種と簡単なレシピを掲載。一年を通して自然に親しむ暮らしを提案します。





たのしい手づくり子そだて
―リメイクと遊びのアイデアブック―

子どもになにか手づくりして上げたいおかあさんたちに、もっと手軽に気楽に手づくりを楽しんでほしいという良原リエさんの想いが込められた、実用アイデアブックです。センスが光る古着の形や素材を活かして作る簡単リメイクは、ものを大事に受け継ぐ気持ちと、手づくりの楽しさや自由さを教えてくれます。子どもとのかけがえのない時間を手づくりでいっしょに楽しむ、季節ごとの遊びもご紹介しています。




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