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世界自然遺産、屋久島。「海上のアルプス」とも呼ばれ登山のイメージが強い島ですが、登らずとも楽しめる自然やスポットがたくさんあります。そんな屋久島の知られざる魅力を紹介している旅ガイド『Hello!屋久島』。屋久島の港、宮之浦で一湊珈琲焙煎所を営んでいる著者の高田みかこさんが、旬の屋久島情報をお届けします!

12 まじないが生まれる瞬間。




 森のかみさまを驚かせないように、気配を消して、静かにそうっと手足を動かす。
 アシナガバチは様子を見にくるし、ムカデは空から降ってくる。ここで慌てると、危険。せわしなく動いたり、荒っぽく振り払ったりしなければ、相手も怖がることなく、双方何事もなく離れられる。

 木の実を摘むには、コツが必要。足もとには、花や実を落としたアザミや木苺といった硬い棘を持つ植物も茂っています。子どもたちが「包丁葉っぱ」と呼ぶススキの葉も、優しくゆっくりと慎重に手足を動かせば、肌を傷つけることもありません。



 欲張ってはいけない、欲張れば家への帰り道を見失う。ころんで木の実をこぼしてしまう。かみさまは欲張るものを好まない。手の届かない場所に実った実は、サルや鳥や虫たちの食料になるでしょう。



 先日、『ヤクシマザルを追って』(野草社)という科学絵本の編集を担当しました。
 島で「大将」とも呼ばれるサルは、身近な存在。ヒトが食べても美味しい木の実は、もちろんサルも大好物。



 この季節、サルを夢中にさせるのは、本の中にも出てくるイチジクのミニチュアのような「イヌビワ」の実です。黒紫色に熟れた親指の先ほどの実は、見た目も味もイチジクそのもの。したたるほどの透明な蜜を含んだほの甘いねっとりとした実と、小さな種のプチプチとした食感、薄い皮のかすかな酸味が、調和のとれた味わいを生み出し、口にするものを官能へと誘います。

 サルの好物を分けてもらうことは、虫や鳥や植物や菌類、森の仲間たちの末席に加わるおごそかな喜びに満ちています。
 裏山の木々が不自然に揺れていたら、それはサルの群れがいる証拠。夕刻になると、ねぐらを探しながら大移動が始まります。にぎやかに枝から枝へ飛び移るサルの声を遠くに聞きながら、サルも私と同じ夕焼けを眺めていると思うと、森の仲間たちとしてのシンパシーが、いっそう深く感じられるのです。



 この夏は、島外にも出られないので、子どもたちは海や川に日参しています。お祭りの類も軒並み中止、「打ち上げ花火だけ、お好きな場所からご覧ください」という初めての試み。いつもより少し遠くに眺める花火は、おだやかな水面にしっかりと映えて、山に当たった轟が遅れて聞こえてきて、これはこれでなかなか乙な夜でした。









山極寿一文、ふしはらのじこ絵『ヤクシマザルを追って』(野草社)
https://www.shinsensha.com/books/3440/



『Hello!屋久島』

全国書店にて好評発売中


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高田みかこ(たかた・みかこ)

屋久島の北の港町、一湊育ちの島ライター。東京の出版社に勤務したのちUターン。現在は、宮之浦のフェリービルディングで「一湊珈琲焙煎所」と一組限定の貸しコテージ「おわんどの家」を夫婦で営む。単行本の編集、里の取材コーディネイト、WEB サイト「屋久島経済新聞」「やくしまじかん」に執筆中。
issou-coffee.com


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