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 「働いて生きること」は、人の数だけ、物語がある──。私がこれまでに出会った、他の誰とも似ていない仕事をしている「自分自身が肩書き」な人たちに、どのようにしてそうなったのかを語ってもらい、それが『わたしをひらくしごと』という一冊の本になりました。
 この連載は、件の本に登場してもらった人たちから、さらに「自分自身が肩書き」な人を紹介してもらって会いにいくという進化版。前回までは私の友人知人がインタビュー対象でしたが、今回は、そのまた友人知人、つまり私にとっては初対面の方ばかりです。友だちの友だちは、みな友だちだ。世界にわたしをひらこう、ひろげよう、友だちの輪! さて、どうなることやら。

写真:藤田二朗(photopicnic)

最適な道をともに探し、寄り添って支えるガイド役

小金井祭典 是枝嗣人さん(葬祭師)


永別によってバランスを失った心はじきに癒されていくし
死は通過点に過ぎないのだから、かたちは変わるけれども
大切な人との関わりは続けていくことはできる。
疎むでも恐れるでもない、誰もの人生の先にある死をおもんぱか
是枝嗣人さんをひらく、しごとの話。

名前

仕事

葬祭師

この仕事を始めたきっかけ

身についていた知識とおもてなしの心

これえだ・つぐと
1979年、東京都出身。立正大学仏教学部仏教学科卒業。学生時より葬祭業に携わるようになり、2007年に小金井祭典株式会社を設立。不必要な形式には捉われず、当事者の気持ちを疎かにせず、唯一無二の葬儀をコーディネートする葬祭界の異端児。遺書作成やグリーフサポートなど、葬儀にとどまらない相談ができる「ちょっと訊ける場所・めぐる」というサロンを設け、街の困りごとも引き受けている。
www.ks-sougi.com


紹介してくれた人

上田翠(ハナミドリ)

ひょうひょうとした出で立ちで、自分の考えやこだわりを強くもっているのに、ぱっぱっと手離れよく物事を進めていくなぁと感心します。小学校の頃のあだ名はきっと「博士」だと思う。違うか。昆虫でたとえるなら、うーん、アメンボ?








得意と得意のハイブリッド


──そもそも、なぜいまの仕事を志そうと思ったのでしょう。

葬儀屋の仕事を最初に知ったのは高校1年生のときでした。祖父が死に、自宅で葬儀をやることになったんですが、僕はいとこのなかで最年長だったので音頭をとって。庭に落ちていた山茶花を拾って、花びらを分けて、芝生の上に散らし直したんですよ。

──それはまた、ずいぶんと粋な発想ですねえ。

千利休みたいで、ちょっといい感じでしょう? 歴史の漫画やなんかが好きだったから、そういうのかっこいいじゃん、と思って。でもね、みんなで外に食事しにいって戻ってきたら、焼香所をつくるというんで、葬儀屋さんがそこをユンボでガーッと削ってた。それが、葬儀屋との出会いです。

──あらら、ちょっと残念。



で、大学は歴史学科に進みたかったんですけど、勉強は得意じゃなかったので……。あのね、仏教学科っていうのは誰でも入学できるんですよ。

──それはちょっと語弊がありそうです(笑)。

仏教学科は、地方でやんちゃしていたお寺の息子でもお金を払えば入れるっていう設定になっているんです(笑)。とにかく、その学校しか受からなくて、そこに入りました。
通学には片道2時間かかりましたから、休む場所があるといいなと思って、畳の部室をもっているサークルに目をつけて(笑)茶道部に入りました。それこそ、利休も好きだったし。そうしたら、見事にお茶の世界にハマってしまって。
僕、今年で41歳になるんですけど、当時はちょうど山一證券が潰れたり、北海道拓殖銀行が崩壊したり、ロストジェネレーションの世の中で、まともな就職は見込めなかった。じゃあ、仏教の知識と茶道のおもてなしの心を融合できる仕事って何かないだろうかと思って、あ、葬儀屋はどうだろう、と。

──興味のあることを組み合わせた結果なんですね! そういうきっかけでこの業界に入る人も珍しいのでは?

珍しいと思いますよ。四大卒がやる仕事じゃないとか、親は反対しないのかとか、当初はまわりからすごく言われたものです。もともとは差別的な仕事でしたからね。映画『おくりびと』の影響もあって、だいぶ認知をされてきて、市民権を得たというか、仕事として認められるようになってきたので、いまは若い人が入ってきてくれるようになりましたけど。僕のころは、跡取りの息子たち以外に若手はいませんでした。




──ともすれば差別もされ得る職に就くことについて、ご自身はどう考えていましたか。

僕自身は抵抗はなかったですね。そういう歴史や風習があるのはわかっていましたけど、あんまり気にならなかったかな。
それより、状態の悪い遺体と対面したときにどう接するかのほうが怖かった。でも、お葬式のあたたかさや大切さみたいなことが先に身に染みついたから、いざそういう場面に出会ったときには、どれだけご遺族の気持ちを安らかにできるかに注力できました。だから実際には、そこも問題は起きませんでしたね。




普通はそこまでやらない


──葬儀屋さんって、必要な局面になったときに初めて慌てて探すことが多いと思います。ほとんどの人にとって関係がある仕事のわりには、あまり身近ではないというか。それでいうと、ここのサロン(「ちょっと訊ける場所・めぐる」)は、普段から地域に開いた存在ですね。



外から覗けないようなつくりの葬儀屋が多いんですけど、僕はまず入りやすいものにしたいと思って。後見や遺言、相続の話とか、グリーフサポートやターミナルケアなんかのご相談にも乗っています。

──普通はそこまでやらない、ですよね?

やらないでしょうね。だけどかつての街の葬儀屋っていうのは、暮らしのなかでの困りごとを支えるのが仕事だったんですよ。でも経済的に豊かになってコミュニティで支え合う必要がなくなるにしたがって、人づき合いも葬儀もどんどん簡素化されてきて、葬儀屋の本分はずいぶんと縮小してしまいました。インターネットのお葬式なんて、その最たる例だと思います。
僕らは昔ながらの、生活のなかに葬儀社があるっていうのがいいと思っていて。だから街のなかにサロンを設けていて、ちょっと電球を変えたい、犬の面倒を見てほしい、なんて言われたら、すぐに若いやつを行かせますよ(笑)。生活の一部として街に存在しているからこそ、もしものときにも頼ってもらえるんじゃないでしょうか。僕は修業時代、都内にある昔ながらのそういう葬儀屋さんをたくさん見てきたから、地元にも同じようにつくりたかったんです。





もつべきものは葬儀屋の知り合い?


──お仕事の流れをざっと教えていただけますか。

まず、亡くなった知らせを受けたら、病院に迎えにいきます。安置先が決まったら搬送し、遺体の保全管理。それからお客さんと打ち合わせをして、葬儀をつくっていきます。で、葬儀当日は設営をし、お通夜、お葬式を執り行います。そのあと自宅にお骨を連れて帰って、葬いの説明をします。後日、今後のお弔いや四十九日までにすることをお話しします。その間に位牌や仏壇の販売もありますね。あとは、うちの場合は遺言の作成や財産管理、相続の相談に乗ったりも。




──どれをとっても重要なことばかり。ということは、葬儀というのは信頼できる人にお願いしたいものですね。

そうですね。なので、事前に相談しておくと何かといいと思いますよ。というのも、いざ亡くなってから葬儀社を見つけてきて、そのときに初対面ということになると、そこから突貫で人間関係を構築しなければならないでしょう?
亡くなってから火葬するまでって、早くて48時間、長くても100時間ほどしかありません。そのうちの1/3は寝なきゃいけないから、有効に使える時間ってじつはすごく少ないんです。その限られた時間を葬儀社との人間関係の構築に使うのはすごくもったいない。知らせを受けて駆けつけたときに「どうも初めまして」というのと、「ああ、是枝さん、来てくれたの」というのでは、かかるストレスが全然違ってくる。それは遺族だけでなくて、僕らの側もです。
だから知り合いにいたほうがいいし、もっといえば、葬儀屋さんをいろいろまわっておいたほうがいい。相性もありますからね。




誰のためのもの?


──ひと口に葬儀といっても、宗教ごとの決まりもあれば、個人の好みもあり、さまざまなアプローチがありますよね。

僕はお葬式を山登りによくたとえるんですよ。お葬式っていうのは、亡くなった人をちゃんと火葬できさえすればいいんです。そのうえで、家族の暮らしや気持ちを支えながら組み立てていくものです。
で、亡くなってから火葬までの登り方はいろいろあるはず。僕は、いわばシェルパのような存在です。1合目から全部自分の足で登りたいっていう人もいれば、5合目まではバスで行って、そこからはロープウェイがいいっていう人もいる。自宅の玄関から山頂までリムジンを用意してくれっていう人だっています。そのご家族に合っているのはどんなコースだろうって、お話を聞きながらプランニングしていくのが僕の役割なんですね。




とくにいまどきはネットのパッケージプランで、コールセンターとのやりとりで手短に内容が決まってしまうことも多い。でも、どういう方が何人くらい弔問にいらっしゃって、その方たちにどんなおもてなしをするのか、それをやるのにはどんな意味合いがあるか、故人さまにはどんな祭壇が似合うかなどなど、時間をかけて打ち合わせをしながら、いちからつくり上げていく。すると、当然ながら納得感も満足感も全然違ってきます。
ご遺族は、ただでさえ喪失によって心のバランスが崩れています。それをいちばん回復させるのは、故人に何をしてあげられたかという自身のなかの充実感でしかないんですね。だから葬儀というのは、亡くなった人のためにやることでもあるけれども、残された人たちのためのものでもある。そこを、一緒にていねいにつくっていきたいんです。

──さらには花屋さん、料理屋さん、お寺や葬儀場のスタッフなど、いろんな人と関わりながら、オリジナルの葬儀を仕立てていく。是枝さんの仕事は、舞台監督とかディレクターに近いんですね。





──現場外ではセミナーの開催もされているとか。どんな内容なんですか?

介護や相続などテーマはいろいろで、とくに力を入れているのはグリーフケアです。葬儀屋になってから出会って、トレーナーになりました。
失恋や離婚でパートナーを失ったり、倒産して会社を失ったり、定年退職して社会的地位を失ったり、はたまた卒業などで仲間と別れたり。死別に限らず喪失体験はさまざまですが、そのとき自分らしい表現ができなくなってしまっても、けっしておかしくなってしまったわけではないんですね。
とくにお葬式では、男の子は泣いちゃいけないみたいな社会通念があったりして、息子がしっかり立って挨拶している横で、娘は大泣きしていたりする。このとき悲しそうに見えるのは娘のほうかもしれないけど、実際には感情を殺している息子のほうに大きくストレスがかかっています。




そういうことを理解して、感情表現をちゃんとできるような環境を整えるのが僕らの仕事だと思っていて。そうでないと心や体、人間関係や人生観にも影響が出てしまったりする。だから、そういう状態の人を支えるにはどうすればいいのかまで考えることをポリシーとしてもっているかどうかで、葬儀の内容も変わってくると思うんです。

──配慮の範囲が計り知れない…!

かたちは自由


僕は、お葬式というのは通過点でしかないと考えているんです。日本には、亡くなった人を思い出す機会が多いんですよ。お彼岸やお盆、定期的に法事もあるでしょう? そういう方向性にすでにベクトルが向いていて、祖霊供養を共有し合う文化がある。
でも実際のところ、毎日お仏壇に手を合わせたり、しょっちゅうお墓参りに行くのは難しいという人も多いかもしれません。『千の風になって』という歌じゃないけれども、亡くなった人とはお墓の前だけではなくて、家でも職場でもバス停でも、どこででもつながることができるんですよね。毎日空を見上げてその人のことを思い出せるのならば、お墓や仏壇はべつにいらないんです。でもそういう象徴的なツールを使って祖霊供養の行事が年間に数回あると、大切な故人とつながる感覚をもちやすくなるとは思う。




──なるほど。ムードに押されて何かとかしこまっちゃったりルールに従わなきゃとつい思ってしまう分野だけど、自分なりの解釈でいいわけですね。

さらにいうと、供養は一方通行ではないんです。両通行で、故人とつながれるような何かをつくり上げる。それはどんな方法でもいいんですけど、自分なりのやり方をつくるのが難しいなら、お線香を手向けて、手を合わせて、りんを鳴らすという既存のやり方に乗っかってみたら楽ですよね。そのときに線香を何本立てようが、鈴を何回鳴らそうが、僕はなんでも構わないと思います。それは、対話をする前に心を落ち着かせるためのひとつの所作でしかないのだから。見本がないと困るのなら、この宗派ではこうですよ、それで気が済むのならどうぞやってください、というだけの話。もちろん、亡くなったばかりの遺族のお客さんにこんな言い方はしませんが、本質は、そういうことでしかないと思う。




お葬式も同じで、従来の古臭い定型が嫌なのであれば、自分なりの弔いの機会をつくればいいんです。たとえば、病院の慰安室で葬儀屋に遺体を預けて、次に故人に対面するのは通夜のとき、という人がいま、いっぱいいるんですね。それで一般的な型に沿って葬儀をやって、弔問客にひたすらお辞儀をし続けて終わってしまうとする。これでは、故人ときちんとお別れできたとはいえないでしょう。
そうではなくて、自宅に連れ帰って、葬儀までそばにいてお線香をあげたり、好きだったものを捧げたり、お話ししたりして、家族でお別れの時間をきちんと設ける。それを経ての葬儀であれば、たとえ大勢の人を迎えなくてはならなくても、それは煩わしさではなく、感謝の場になるんですよね。

──いざ当事者になったときには落ち着いていろいろ考えられなくて、専門家に一方的に説明された段取りで進めてしまってあとで後悔する、というのはありがちだと思うので、こうしたことを事前に頭に入れておくと役に立ちそうです。


自然の成り行きとして


──死は本当は身近にある自然なことなのに、普段あまり意識しないように、感じないようにと、日常から切り離されている感じがします。

日本人は死を穢れだと思っていて、わからないから怖いし嫌だと蓋をしてきた歴史がありますね。たぶんDNAのなかに組み込まれているので、それを否定はしませんが。

──でも一方で、祖霊供養の機会はけっこうあって。

それを再確認する場所が葬儀なんですよね。人が生きて死ぬのは身近なことで、死は通過点でしかないし、関係性が変わるだけだっていう。
仏教的な考え方でいうと、体は借り物です。いまはたまたまこの体に入って、旅をしていて、それが終わったら元の場所に還っていくだけ。魂はずっと続いていく。使用に耐えられなくなった体を置いたあとは、どこかからあたたかく見守る存在に変わる。
だから、そういう存在とどう接していくかっていうことが大事になってくるんだけど、急に魂っていわれてもピンとこないから、徐々にそれを受け入れるために一連の流れがあるんですよね。 元気だった人が次に会ったときはお墓のなか、というのでは、なかなか理解はできないものです。だからこそ、亡くなる前に衰弱していく様子も見てほしいし、亡くなった瞬間のまだ温かい体にも、そのあとに冷たくなった体にも触れてほしい、と僕はいつも言っています。それから、お棺のなかに入ったのを見て、火葬されて骨になったのを見て、骨壷に入れてしばらく自宅に置いて。そうやって、違うものに変わっていくさまを自分のなかに落とし込んでいく。そうすると、最後にお墓に納めたときにお墓とのつながりもできて、お墓の掃除をしようっていう気持ちにもなるんじゃないかと思うし、そういう体験をしていたら、小さい子どもにだってお墓参りの意味がわかるでしょう。





通過儀礼は必要か


──これまでのお話のなかにも答えはありましたが、あらためて。葬儀はなぜやるんでしょうか。

亡くなった人の弔いと、残された人の心のケア。あとはまわりの人が今後、残された人をどう支えていかなくてはいけないか、再確認する場を設けるためです。でも、これはいま省かれつつあります。だから、すごい機会損失なんですよ。




たとえば、親友だと思っている人のパートナーがなくなったら、何かしてあげたいって思うのが人情でしょう。でも、家族葬で済ませるからと葬儀にすら呼ばれていない自分が何かするのは差し出がましいのかもしれないと、日本人は思います。コンパクトにやってしまう弊害は、そこにある。コミュニティの規模もひとりの人間の力も小さかった時代は、共同体で協力し合って、それをやってたんです。だけどいまは個人でプロに頼むケースが増えてきてしまったから。

──たしかに。結婚式も葬式も、昔はそれぞれの家でやるのが当たり前でしたしね。

冠婚葬祭は通過儀礼で、その人自身とその周辺をみんなで支え合うシステムの一環です。でも、それって既存のかたちに沿わないといけないわけでは全然ないんですよ。みんなの意識を共有させるために便利だからそうしてきただけの話で。共同体があった時代はそういったことを特段考えもせずに自然にこなしていたんだけど、いまは方法を選べますから。既存の通過儀礼は面倒だからやらないという択一もあれば、まったく新しい別の表現にしてみるという択一もある。やらないことも含めて、何をするかを考えるのがたぶん、人の営みなのかな、と思います。







是枝嗣人さんの “仕事の相棒”
塗香ずこう
「この小さな容器のなかに粉末のお香が入っています。お香は体を清める効果がありますから、故人さまの体に触れる前、お客さんと打ち合わせする前、自分のにおいが気になるときなど、何かというタイミングで使います。香りは、いわゆるお線香のそれ。だって、葬儀屋がお線香のにおいをさせているぶんにはいいけど、香水のにおいをプンプンさせてたら、嫌でしょ(笑)?」



野村美丘さんの本

『わたしをひらくしごと』

全国の書店にて好評発売中

<<連載もくじ


インタビュアー

野村美丘(のむら・みっく)

1974年、東京都出身。明星学園高校、東京造形大学卒業。『スタジオ・ボイス』『流行通信』の広告営業、デザイン関連会社で書籍の編集を経て、現在はフリーランスのインタビュー、執筆、編集業。文化、意匠、食、犬と猫、心と体と精神性、そのルーツなど、人の営みがテーマ。さまざまなことやものや考えがあると知り、選択肢がたくさんあることに気がつくこと。その重なり・広がりが有機的につながっていくことに関心あり。フォトグラファーの夫とphotopicnicを運営している。
編集した本に『暮らしのなかのSDGs』『ヒトゴトにしない社会へ』『モダン・ベトナミーズ(キッチン・鈴木珠美著)』『ホーチミンのおいしい!がとまらない ベトナム食べ歩きガイド』(アノニマ・スタジオ)、『うるしと漫画とワタシ(堀道広著)』(駒草出版)、『マレーシアのおいしい家庭料理(馬来風光美食・エレン著)』(マイナビ)、『定食パスタ(カプスーラ・浜田真起子著)』(雷鳥社)など。
www.photopicnic.pics


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