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文・写真・題字/宮本しばに


第8回 黒豆の揚げだんご

 物事すべてに表と裏がある。
 「表裏一体」という言葉があるが、表と裏は背中合わせで、どちらか一方だけがあるわけではない。素描画でいえば、表は画の部分で、裏は描く人の内面だ。目には見えない人間性や精神性が、良くも悪くも画に映し出されてしまう。素描画は一本の筆で描くから、なおさらそれが顕著に現れるのだ。
 料理も同じで、裏である「人となり」が表の「ひと皿」になる。シンプルな料理であればあるほど、ごまかしは利かない。

 まず包丁を持つ。素描のはじまりだ。
 台所を動き回り、音や香りを感じながら「おいしい瞬間」を見つける。まな板の上の素材が「ひと皿」になるまでの過程を、ひとつひとつ捉えていくのだ。
 豆腐一丁をどう料理しようか。
 素材ひとつで何が作れるか。
 味のバランスは?
 そうやって素描しながら「わたしの料理」に変換させていく。レシピをなぞっただけの「塗り絵」にしちゃいけない。
 料理はタイマーで計れるものじゃない。レシピに「5分煮る」と書かれてあっても火加減、使う道具、食材で変わってくる。数字に頼らないことだ。レシピはあくまで目安で、おいしい瞬間というのは自分で見つけなきゃいけない。
 十人十色。同じ料理でも味はみんな違うはずだ。どこを見て、どう動き、どんな食材を選ぶのか。ひとつひとつの素描でその差は出るから、味が違って当然だ。料理は自分を映し出す鏡のようなものだから。

 料理にルールはない。そして自由であることも忘れちゃいけない。レシピに書かれたことがすべてではないし、レシピのせいにもできない。台所に立っているのはわたしだけだからね。
 つまり「余白」とか「のりしろ」が料理にもあるってことだ。それをどう素描していくか。この余白は自分にしか見えないし、求めなければ見ることはできない。そこを描こうとする。
 いつも茹でるところをセイロで蒸してみたり、サラダに焼き野菜や茹で野菜を加えてみたり。いつもと違う食材を使ってみるのもいい。フリーハンドで描くみたいに。

 目には見えない「味」や「香り」を見ようとする。
 あと1mm、良きものにしていこうとする。
 いつも覚えておきたいことだ。






 今日は「黒豆の揚げだんご」を作る。
 黒豆は正月料理にはかかせないが、夫も私も豆料理といえば、インドやメキシコの辛い料理というイメージで、甘く煮た豆はあまり好んで食べない。
 ある冬の日、土鍋でふっくら炊いた黒豆をすり鉢で潰して揚げたら、目を見張るほどおいしくて、それからは冬のごちそうになった。この料理のために黒豆はいつもストックしておく。

 まず黒豆100gを12時間ほど水に浸ける。2倍以上に膨らむので、水は多めに。
 今回は丹波の黒豆を使う。





 豆がふっくらと戻って、皮にシワがなければ浸水は完了だ。ザルに上げ、土鍋に入れる。
 水をたっぷり加え、火にかけて蓋をする。





 沸騰したら弱火にし、やわらかくなるまで50分ほど炊く。炊き上がる時間は豆の質によって違うから、つまみ食いして確認する。





 豆が十分やわらかくなったらザルに取り、すり鉢に移して潰す。食感を楽しみたいのでペースト状にはしない。










 小さめの玉ねぎ1個をみじん切りにして加える。
 鬼おろしで皮ごとおろしたカブ2〜3個もすり鉢へ。





 カブがないときは他の野菜を使う。大根、人参、れんこん、長ねぎ、きのこなどを、おろしたり刻んだりして加える。食材によっては水分が出るので、手でギュッと絞ってから加える。





 塩ひとつまみ、こしょう少々、片栗粉大さじ2を入れ、手で全体をよく混ぜる。





 卵を割り入れ、大きめのスプーンで6、7回ほど大きく回しながら混ぜる。白身と黄身が完全に混ざり合わない方が、食べたときの食感がふんわりする。





 10〜12個ぐらいのボール状に丸める。





 片栗粉をまぶし、180度の揚げ油で揚げる。
 揚げ上がりのサインは、おいしそうなきつね色になり、鈍い音から軽快な音に変わったとき。箸で持つとだんごはキュッと締まっていて、熱の振動が箸から手に伝わってくる。それが合図だ。

 この料理は熱々を食べたいから、揚げながら食卓の準備をととのえる。
 ごはんが炊けたらおひつへ。味噌汁は最後に温める。
 副菜の胡麻和えと佃煮を食卓に運んでおく。
 練り辛子と醤油も忘れずに。
 だんごが揚げ上がったら、すぐに夫を呼ぶ。

 夫は言葉を忘れて食べている。ごはんをほおばって、何だか嬉しそうだ。
 ゴツゴツと無骨な揚げだんごだけれど、口に入れるとふんわりとやさしい。






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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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