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文・写真・題字/宮本しばに


第6回 ズッキーニのサブジ

 「作為のない料理をつくる」
 イタリア料理屋を営んでいる友人が言った言葉だ。
 「作為」を辞書で引くと「ことさらに手を加えること。つくりごと。こしらえごと」とある。必要以上に手を加えたり、何かを狙ったり、意図があるときに使う言葉だ。
 反対語は無作為だが、似た言葉で「無為」という言葉がある。「何もしないでぶらぶらする」という意味で、どちらかというと否定的に使われるこの言葉を、私は中国の思想家・老子が説いた「無為自然」で知った。
 老子のいう無為はむしろ肯定的で、いらない知識や情報を捨て、何が起こっても受け入れる柔軟さのことを言う。こうしてやろうという思惑や計算はなく、今この瞬間を自然の流れに任せ、受け入れ、あるがままに自分を動かしていくことだ。
 素描料理そのものだと思った。

 目の前の食材を生かすことだけに心を動かす。そうすれば、おのずと食材はどんな形になっても生かされるのではないだろうか。味噌汁の具になろうが、炒め物になろうが、食材はきっと喜んでくれるはずだ。料理の見映えではなく、口に運ばれるその瞬間を思い描きながら料理をしていく。
 忘れてはならないのは「社会の中のわたし」ではなく「個のわたし」が料理をするということだ。自分を含め、家族や友人たちを温かくするために料理はある。作為なんて必要ないのだ。料理はSNSに載せるためにあるわけじゃないのだしね。

 こんな話がある。俳人・種田山頭火の家に、友人が来訪するときの話だ。
 三日三晩ろくに食事ができず、体調がすぐれなかった山頭火は、動けない自分のからだを押して托鉢をする。その施しで得たお米でごはんを炊き、唐辛子の真っ黒な佃煮を作り、その友人に振る舞うのだった。
 ごはんと佃煮だけのつつましい食事。これを「無為の食事」でなくして何と言おうか。
 料理は見た目ではない。並んだ料理の数でもない。今ある食材で誠心誠意を尽くすのが、料理の本質だと思う。

 サブジという、インドの家庭でよく作られる野菜の蒸し煮がある。私はこの小さなごちそうが大好きで、暑いときも寒いときもよく作る。たったひとつの野菜を数種類のスパイスで見事に変身させるところに、この料理の面白さがある。どこか懐かしい味がするのは、インドにいたときによく食べた屋台や食堂のごはんを思い出すからだろうか。庶民的な味がする。
 サブジはインドカレーの(もと)のような料理で、この料理を作ってみれば、複雑そうなインドカレーも、実はシンプルな骨組みだということが分かってくる。
 余計なことをしない方がおいしい、を証明してくれる料理だ。

 サブジはごはんに合うので、我が家では惣菜の一品料理として食卓に並ぶ。生地なしキッシュや野菜グラタンの付け合せにすることもある。控えめながら個性が光る一品だ。
 キャベツ、カリフラワー、ジャガイモ、カブ、大根など、ずんぐりした野菜をよく使う。
 今日はこの時期、このあたりではどこの直売所でも見かける、安くて新鮮なズッキーニでサブジを作ろう。





 まずは下準備だ。
 ズッキーニを3本、スライサーや包丁を使って薄く輪切りにする。





 小さじ1/2ほどの塩をズッキーニにまぶし、1時間ほど置く。
 水分がたくさん出てくるので、それを手でギュッと絞る。かさのあったズッキーニが1/3量ほどに減る。





 絞ったあとにもう一度塩を振る。これは、火を入れる前にある程度の塩味を付けて、味のボケを防ぐのだ。例えば、パスタを作るときは麺を塩ゆでして塩味を付けておくと、仕上がりの味がはっきりしておいしくなる。それと同じ原理だ。





 ズッキーニを味見しながら塩を入れる。そのまま食べておいしいと感じる量だ。塩加減は仕上げのときに調整できるので、若干薄めでも構わない。

 さ、ここからはそんなに時間はかからない。





 鉄フライパンに太白ごま油を大さじ2ほど入れる。
 インド料理はスパイスと油の融合で味が決まるので、油は多めに。





 クミンシードとマスタードシードを各小さじ1/2、唐辛子1本を入れて火を付ける。辛味を付けたくないときは唐辛子を入れなくてもいい。唐辛子は切って入れると辛味が増すので、私は刻まずに入れるが、辛くしたいときは割って入れる。火加減は弱火と中火のあいだぐらい。





 そのあいだに、ターメリック小さじ1と水小さじ2を混ぜたものを用意しておく。水を入れるのはスパイスを焦がさないためだ。スパイスが焦げると苦くなってもう一度最初からやり直さなければならない。
 しばらくするとフライパンの中で、マスタードシードがパチパチと音を立てながら跳ね出す。次に行く合図だ。





 生姜のみじん切りを入れてさっと炒める。





 次にターメリック水を加えて混ぜる。





 ズッキーニを入れ、ターメリックが全体にまわるように炒める。





 ここでバターを5gほど入れ、溶けるまでよく炒める。 サブジとバターはよく合うので、私はいつも入れているけれど、もっと素朴にしたければバターなしでもいい。
 蓋をしてズッキーニがやわらかくなるまで弱めの中火で蒸し焼きする。時々混ぜて、焦げそうになったら弱火にする。





 蓋をしてから10分ほど経つと、ズッキーニがやわらかくなっている。さぁ、仕上げだ。水分が残っていたら火を強め、水分を飛ばしながら炒める。
 味をチェックし、必要に応じて塩を入れる。インド料理の塩味はしっかりめに。
 火を入れてから15分ぐらいで出来上がった。

 今日はこのサブジと豆腐の和グラタン。無国籍料理が食卓に並ぶ。
 そそくさとおひつに羽釜ごはんを入れて準備完了。夫を呼んだ。








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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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