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文・写真・題字/宮本しばに


第2回 蓮根つくねの中華鍋

 昔、母はいつも私にぼやいていた。「時間をかけ、苦労して料理しても、あっという間に食べ終わってしまうんだから。ほとほと報われない仕事だわ」と。
 私も主婦だから母の気持ちはよく分かる。けれども料理は本当に報われない仕事なのだろうか。イタリアに滞在していたときに出会った画家は、「料理は口に入って形がなくなるすばらしい芸術だ」と言い切ったのを思い出す。

 右を見るか、左を見るか。是か否か。どちらに自分を転ばせるかは、その人次第なのだ。物事に対して後ろ向きになるのは意外と簡単で、ずっと前向きでいることの方が難しいから、なるべく、日々、朗らかでいようと思う。眉間にシワを寄せていたら、きっと料理にもシワが寄ってしまうだろう。自分の色眼鏡を少しでも外して観てみれば、目の前が明るくなることだってあるのだから、私も澄んだ心で台所仕事を観つづけようと思う。

 料理は報われない仕事ではないのだ。今だったら、そう母に言えるだろう。
 それは「陰徳いんとく」を積むようなもの。見えずとも、ひそやかに積み上げていくものだ。誰も気が付かないほどの小さな行いかもしれない。丁寧にだしを取るところを家族は見ていないかもしれない。料理ごとに塩を替えているなんて知りもしないだろう。けれど誰も見ていないからちゃんとする。それが「陰徳」だ。
 自分の手で作った料理が食卓に並び、食べる人の心とからだの柱になる。そんな台所仕事が誇らしい。

 疲れて台所に立ちたくないときもあるけれど、とにかく包丁を持つ。そして、おいしく作る小さな覚悟を持つ。覚悟なんて大げさな表現だけれど、そう意識しなければ、ぼんやりと料理をしてしまうから。ぼーっとした味にならないように、毎日台所に立つときには、腹の下あたりをキュッと引き締める。
 料理するあいだは一秒たりともよそ見をせず、今日はジャガイモに、明日は豆腐に包丁を入れる。とにかく、手を動かすこと。それが食材との約束だ。淡々とその約束を果たすために努力をする。たとえ今日の料理が良い出来でなかったとしても、失敗ということにはならないのだ。やるだけのことはやったから、食卓に並んだ料理は清々しくありがたい。
 こうした小さな積み重ねが、自分だけの「道」となるのだから、ずっと台所の中を走り回ろう。

 山の暮らしは寒い時期が長い。からだが冷えてきたなと感じてからコートを脱ぐまで半年はある。湯気の立つ熱々料理が食べたくなるのは必然。寒い夜はやっぱり鍋料理だ。日本の食文化に鍋料理があるのは本当にありがたい。


 今日は「蓮根つくねの中華鍋」を作る。
 蓮根。極楽浄土の象徴とされるハスの根っこだ。初夏に清らかな花を咲かせたあと、その舞台を地下へと移し、大きな数珠状の根っこを連ねる。それが蓮根だ。
 まずは蓮根一節、300gを鬼おろしでする。金属製のおろし金に慣れていると少しすりにくいかもしれない。けれどこの道具でなければ、この料理はおいしくならないと分かっているから、鬼おろしのアシスタントに徹して一生懸命に手を動かす。
 



 すった蓮根を軽く手で絞ってからボウルへ。
 長ねぎと生姜のみじん切り、塩、こしょう、醤油をひとまわしする。
 卵を1つ落としてスプーンで崩しながら全体を混ぜる。




 次に、片栗粉を入れてやわらかいボール状にする。蓮根300gに対して片栗粉は大さじ5、6ぐらい。その加減は手の感覚で覚えるしかない。丸めると少し頼りない形になるぐらいだ。12個ほどのボールが出来上がる。小麦粉はどうもいけない。粉の具合によっては極端に固くなってふんわり感がなくなるし、少ないと茹でたときにバラバラに崩れてしまう。何度か失敗し、片栗粉がベストだと分かった。




 土鍋さんにごま油を入れて火をつける。最初は弱火で温める。これは土鍋さんが熱い火にびっくりして割れないようにするためだ。火を付けたらすぐに斜め薄切りにした長ねぎ、薄くスライスした生姜、包丁の腹で潰したにんにくを入れる。数分するとピチピチという音がしてくる。土鍋さんが熱くなった合図だ。火を中火にし、香りが出るまで数分炒める。
 だし汁か水を入れて沸騰させる。
 キノコや白菜など2、3種類、その日にある野菜を加えて煮る。セロリを入れるのが個人的には好き。この芳しさでグッと中華風になる。でも、できるだけ、使い残しの野菜を入れてあげる。
 具材を入れたら日本酒を1/3カップほど注ぐ。日本酒を入れると味もコクも一気に高まる。
 野菜が柔らかくなったら塩、醤油、みりん少々で味をととのえる。
 同時進行で蓮根つくねを茹でる。まず、つくねに片栗粉をまぶして表面をコーティングする。丸めてからすぐに片栗粉をまぶすと皿にくっついてしまうので、茹でる直前がいい。沸騰した湯につくねをひとつ入れたら、すぐにスプーンなどを使ってコロコロ転がす。つくねが底にくっついてしまうのを防ぐためだ。何度か失敗して分かった小さな手間。この数秒の手間が肝心なところだ。かき混ぜるたびに、つくねが湯の中でゆらゆらと踊る。
 3分ほど茹で、つくねを土鍋さんに移す。
 つくねを入れてから土鍋さんで5分ほどコトコト煮る。
 こしょうを多めに入れ、もう一度味をととのえ、ごま油を回しかける。
 葉物があったらここで入れる。最近のマイブームは豆苗。えんどう豆のスプラウトだ。豆苗は必ず根の付いたものを買い求める。葉をカットしたら、根は捨てずに水を貼った容器に浸し、毎日水を替えてあげると、また芽を出す。その姿がかわいい。
 蓋をし、1分ほどしたら火を止めて食卓へ。

 土鍋の蓋を開けると、ふわっと湯気が立って、温かい夕食がはじまった。







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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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