アノニマ・スタジオWeb連載TOP > ケンカのあとは、一杯のお茶。 もくじ > その8 「強力パンチを打ち合うも、どっちもKOされないけんか」


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その8

強力パンチを打ち合うも、
どっちもKOされないけんか




おかっぱ頭の女の子が印象的な、とっても美味しいお塩といえば…?はい「エジプト塩」!一度食べたら忘れられないその味、そのネーミング。スパイス、ナッツ、塩が絶妙なバランスで配合した万能調味料を作っているのは、西小山で「S/S/A/W」というフードアトリエを営んでいる料理家たかはしよしこさん。ケータリングや調味料の製造販売、週末のレストラン…。いつも満開の笑顔でおいしい料理をつくりだしているよしこさん本人をモデルに、調味料のロゴやパッケージデザインをしているのは夫の前田景さん。アートディレクターとしてデザインや写真作品を発表し活躍されています。おふたりの娘さんのきのぴーこと季乃ちゃんは、よしこさんと同じおかっぱ頭でかわいくて…もう絵に描いたような幸せ溢れる一家!を築いてみえるおふたりに、けんかの話を聞きたいと打診したところ…「いやあ〜…受けたいけど、受けていいんかな。うちもうほんまやばいからどうする?!って景くんとも話しててん」とよしこさん。「いや、いいよね。やっぱりいろんな部分あってこそ夫婦ってことが大事だと思うし」と景さん。実はけっこう激しいぶつかり合いが繰り広げられてる様子。ということで、外から見ている分には窺い知れない、けんかの話を聞きに行きました。


夫 前田景さん 
アートディレクター、フォトグラファー。広告、書籍、webなどのデザインを手がける。妻である料理家たかはしよしこさんのフードアトリエ「S/S/A/W」ではクリエティブディレクターも務めている。風景写真家である祖父、前田真三が北海道美瑛に開設した写真ギャラリー『拓真館』をリニューアルし、新たに運営していくために、この春家族で移住することを決めた。


妻 たかはしよしこさん 
多国籍でジャンルを横断しながら、親密さを感じる料理の数々で多くの人を魅了する料理家。 「日々刻々と変わる四季の素材を追いかけながら、メニューを組み立て、シンプルに料理し、味を迎えにいく」という思いを込めて 「S/S/A/W(SPRING/SUMMER/AUTUMN/WINTER)」というフードアトリエを東京・西小山で営んでいる。





この人といると未知な世界に飛び込んでいくんだ…みたいな気持ち

2人が出会ったのは景さんが27歳、よしこさんが29歳の春。松陰神社にある「てっこん」という居酒屋の大将や常連さんが集うお花見の席でのことでした。

景さん
「当時広告代理店に勤めていて、上司に連れられて花見にいくことになっていたんだけど、『料理家が花見に来るらしい!』って事前に盛り上がっていた。『てっこん』は40代〜50代の常連客が多くて、お互い唯一の若い人って感じで自然と話したんだよね」

よしこさん
「一品持ち寄りだったんだけど、景くんは手作りのリコッタチーズとそら豆を和えた料理を持ってきて。なんやこのお洒落男子は、という印象(笑)。お洒落だけど、真面目そう。というかお洒落も真面目、みたいな」

景さん
「僕は変わったオーラの人だな、という印象(笑)。でも今度飲もうよ、って2人で飲んだんだよね」

よしこさん
「2人で飲んでたら『僕北欧食器のクリーマー(ミルクをいれる小さい容器)を集めてるんだ』とか言ってて…なんか面白い人!って仲良くなった」




まだ会うのが2〜3回目という時に、よしこさんのお父さんが徳島から来るタイミングで3人で飲むはずが、よしこさんの打ち合わせが終わらず、景さんがお父さんとサシ飲みしたこともあったとか。

よしこさん
「お父さんが『よしこは本当にいい子なんだ〜!』と、わたしの自慢を景くんにしまくったという…(笑)」

景さん
「ほんとおもしろい家族だなって。でも僕の中で大きかったのは出会ってちょっと経った頃、千葉にあるas it isという美術館に2人で行った日。よっちゃんが車運転してくれて僕がナビしたんだけど、何度も間違えて到着が遅れて…。なんとか美術館で展示を見た後、夕方から野音のライブに行く予定だったよっちゃんが『ダフ屋とかからチケット買えるよ!一緒に行こうよ!』って。無理でしょ〜と思いつつ行ったら、よっちゃんが紙に『チケット譲ってください』って書いて掲げだし、そしたらすぐ譲りたいって人に声をかけられ、ライブを見れることになった。その全てに圧倒されちゃって。この人といると未知な世界に飛び込んでいくんだ…みたいな気持ちになったというか」

よしこさん
「わたしからしたらごく普通のことだったんだけど。景くんは『よっちゃんすごい〜』とか驚いてたな」





『机上の空論男』と名付けた(笑)

頭で考えてから動くタイプだった、という景さん。思った時に行動し、未来を動かしていくマインドのよしこさんに衝撃を受けたと同時に魅かれていったそう。その後、付き合って一年で結婚、それは同時に2人のぶつかり合いの歴史の開始ともなったそうです。最初の火種は家事問題だった、とよしこさん。

よしこさん
「景くんは一人暮らししたことがなくて、家事経験がぜんぜんない人だったんです。小さい頃から家事の分担表があって子供も家事するのが当たり前!っていう家で育ったわたしとしては『この人、人間?』くらいの衝撃。生きてるんだから、家事やらんとかないやろって」

景さん
「家事やらないというより、やろうとしてもスペックが低すぎてできなかった(笑)。タオルってどうやって畳むの?と聞いてドン引きされたり」




0からスタートし、景さんのスペックは徐々に上がっていくものの、時とともに、2人の仕事の忙しさも増していき…。夫婦には新たな問題が浮上したそうです。

よしこさん
「ケータリングメインで活動してたけど『エジプト塩』が誕生して、ちゃんと生産できるアトリエを構えたほうがいい状況になって。もともと飲みにきていたこの西小山のお店が、昼は使っていないから朝から夕方まで使っていいよって言ってくれて間借りさせてもらっていたら、そのオーナーに子供ができて、お店を辞めることになり、そのまま借りたら?と…。家賃も高いし、無理じゃないかなって悩んだけど、景くんの『やったらいいじゃん』って後押しもあり2011年末にS/S/A/Wを始めることになって」




景さん
「よっちゃんはいつも季節を感じながら料理をしているし、それをコンセプトにしたらって提案して」

そうして始めたお店は想像以上に大変だったそう。当時ケータリング時代からのスタッフもいましたが、お店をやるのはみんな初めて。レストラン業のノウハウがわからず、毎日深夜まで作業してヘトヘトになってしまう状況だったといいます。

景さん
「そんな状況を見て、いろいろ思うことをアドバイスすると、めっちゃ怒られて(笑)」

よしこさん
「景くんのことを『机上の空論男』と名付けた(笑)。『なんで目の前のことしかやらないんだ?もっとこういったことを先に考えないと…』とか言われて『できるわけないでしょ?!こっちは現場なんだよ!』と吠えるという。もともと川の流れに乗るように流れに乗ってきたというか、でもどっちの流れがいいかというカンには自信を持ってやってきた人生だったから、コンセプトとかを考えたり決めたりは、ほんっと苦手だった」




景さん
「目の前の食材や直感に従うのは大事だけど、お店をやるのにはコンセプトも大事でしょ、とその都度話してました」

よしこさん
「ぶつかってしまうけど、決めなきゃいけないことはわたしも毎回相談するようになった。反発もするけど、的確な意見もあって、それで救われてることもあるなって…」

その後、景さんも勤めていた制作会社から独立し、フリーのアートディレクターとして活動するように。


自分の決断や意思ではぜったいにこんな選択はなかったと思う

アトリエを通して発信することや運営方法。試行錯誤しながらも今のかたちを築いていきた2人。しかし休む暇なく、新たな、そして最大の火種が発生したといいます。それは大切な愛娘、季乃ちゃんの育児にまつわる問題だそうで…。

よしこさん
「一言で言うと、どっちがどれだけやってるかアピール合戦(笑)」

景さん
「いつもよっちゃんに『景くんは20%くらいしかやってない』って言われるの。過小評価すぎる!週5日幼稚園の後の時間はよっちゃんが見ているけど、お店がある土日は僕が見てるし、朝ごはんも作ってるし、幼稚園の送りもしてるし、洗濯も数回はしてる…って考えたら50%はしている!だから『冷静になって割合を書き出してみよう』と提案すると『くだらん』って一蹴されるという(笑)」




よしこさん
「保育園だったらまた違ったのかもしれないけど、ここがいいなと思える園に出会って通っていたので、園のいろいろな行事もあって、仕事もあって…やっぱり余裕がない。その上晩御飯はぜったい3人で食べるって決めているから更に余裕がなかった(笑)」

景さん
「でも『ダダと食べる』って娘が待ってくれているから、夜19時半には帰宅して一緒にご飯を食べる。それは家族のブレーキになっているって思うし、自分の仕事のメリハリにもなっているって思う」





そんな景さんとよしこさん、この春には家族で北海道の美瑛に移住が決まっています。景さんの祖父である写真家の前田真三さんが開設した写真館「拓真館」改装をし、新たにお店を立ち上げるのです。西小山のお店は信頼しているスタッフに任せ、よしこさんも美瑛に2店舗目となるアトリエを構える計画です。

景さん
「10年くらい前から、リニューアルするか、閉めるかしなくちゃいけないと思っていて。閉めるっていう選択肢はなかったから、自分がどうにかしなくちゃいけない。なかなか腰があがらなかったけど、季乃が小学校に上がるタイミングだし、子供にとっては美瑛の環境はいいんじゃないかっていう気持ちもあり決断しました」

よしこさん
「わたしはお店を2店舗にするなんて考えたこともなかった。東京のお店を閉めるのか、でもスタッフはどうするのか…本当に悩んで悩んで。景くんに急に全部を美瑛に持っていくのは、よっちゃんとしても無理じゃないかって言われて、今のスタッフが私がいなくても頑張るぞ!という気持ちになってくれてるのを見て…やっと2店舗やってみよう!と思えた。自分の決断や意思ではぜったいにこんな選択はなかったと思うので、『机上の空論』は新たな可能性も生むんだ、と思いました(笑)」





追い詰めることで、自分のことも追い詰めているんだよ


なんだか2人のけんかがセッションのように見えてきました。

景さん
「今は今後のことでしょっちゅうぶつかってるよね」

よしこさん
「『よっちゃんは美瑛で何をしたいの?夢をきかせてよ』とか言われると『いやいや、そっちの夢を聞かせてよ』って。景くんが行く!ということ決めたんだから!わたしはその気持ちを尊重して、2店舗にすると決めたんだから、もっと強い気持ちをこっちに見せてよと思うのに、逆に『よっちゃん、夢ないんか』とか言われてキーー!!って」




景さん
「いや、よっちゃんには成し遂げなきゃいけないことがあると思うから。そしてよっちゃんを追い詰めることで、自分のことも追い詰めているんだよ」

よしこさん
「もう、めっちゃ後ろからムチうってくる…(笑)」

景さん
「よっちゃんにしかできないこと、やるべきことがある人だと思ってるんだよ。だから言ってる」

よしこさん
「フツーの妻だったら逃げてんで(笑)」

景さん
「いや、最初からフツーって思ってないし」







取材後記

いつもにこにこ最高に気持ちのいい笑顔でご飯を作るよしこさん。姉妹にも、スタッフにも、人生で怒ったことはほぼなかったというよしこさん。そんなよしこさんが、唯一日々怒ってしまうという景さんが、取材の最後にオモムロにメモを取り出しました。「せっかくだからネタにと思って、昨日よっちゃんに言われたことを忘れないように書いておいた」と読み上げてくれたのは…「気があわない/イライラが異常事態/こんだけイライラされてよくノウノウと」…もう大爆笑してしまいました。そう言われても動じず、淡々と自分の主張を繰り返している景さん。その姿には静かなるファイティングポーズが透けて見え、これは互いに激しく打ち合うも、どっちもKOされないケンカだ!と思いました。どちらも決して譲らないし引かない。その結果、家事、仕事、育児と全方向に地雷が埋まって、どこを踏んでもけんかになる、けんかが暮らしを全網羅している、と言う景さん。ですが、怒りとともに、きっと他の誰もが引き出せなかったよしこさんの一面を確かに開花させ導いているのも、確かなのかもしれません。「あんなキャッチーなデザインにされたことでエジプト塩が売れてしまって!好きな髪型にもできない」と冗談半分で嘆くよしこさん。感覚的に生きるよしこさんに対する、強制コーチングのような景さんの叱咤激励という名の愛情。それに対しての反発とぶつかりの末、よしこさんから生まれるたくさんの美味しいものと豊かな時間を、たくさんの人が楽しませてもらっている。ほんとに勝手ながら、ずっとKOすることも、されることもなく激しく打ち合い、これからもすてきなものをつくってください…なんて思ってしまいました。けんかは疲れる。でも、きっとそれはある意味、ふたりの燃料にも糧にもなっている。そこから生まれるものが、たくさんの人を幸せにしているのがまた、すばらしい。ほっこりニコニコ、いつも仲良し。そんなイメージは覆されるも、それ以上の強烈なパワーを感じる夫婦の姿でした。景さん、よしこさん、季乃ちゃんの美瑛の暮らしに幸あれ!





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中村暁野(なかむら・あきの)

一つの家族を一年間にわたって取材し一冊まるごと一家族をとりあげるというコンセプトの雑誌、家族と一年誌『家族』の編集長。夫とのすれ違いと不仲の解決策を考えるうちに『家族』の創刊に至り、取材・制作も自身の家族と行っている。8歳の娘と2歳の息子の母。ここ最近の大げんかでは一升瓶を振り回し自宅の床を焼酎まみれに。
夫はギャラリーディレクターを経て独立し、現在StudioHYOTAとして活動する空間デザイナーの中村俵太。
家族との暮らしの様子を家族カレンダーhttp://kazoku-magazine.comにて毎日更新中。



馬場わかな(ばば・わかな)

フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。好きな被写体は人物と料理で、その名も『人と料理』という17組の人々と彼らの日常でよく作る料理を撮り、文章を綴った著書がある。夫と5歳の息子と暮らす。そんなにケンカはしないが、たまに爆発。終わればケロリ。
著書に『人と料理』(アノニマ・スタジオ)、『Travel pictures』(PIE BOOKS)、『まよいながら ゆれながら』(文・中川ちえ/ミルブックス)、『祝福』(ORGANIC BASE)がある。




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