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その3

言われなくてもわかってる
正論すぎる「ごもっとも」なけんか




西荻窪駅から賑やかな駅前商店街を抜けて歩くこと10分ほど。ギャラリーやレストランが並ぶ通りの一角に花とお菓子のお店「cotito(コチト)」があります。古語で「私たち」を意味するというcotitoを営む前山真吾さんと由佳さん夫婦。もともと花屋に勤めていた真吾さんと、お菓子作りをしていた由佳さんの「いつか一緒にお店をやりたい」という夢が形になったのは2014年の夏のこと。以来「大切な人のために、自分のために、花とお菓子を選ぶ時間が日々の楽しみになりますように」という思いを持って、朝昼晩、春夏秋冬、共にお店に立っているお二人。見たことのない珍しい植物や花が一面に飾られた店内に、食用花であるエディブルフラワーを使った繊細なお菓子やケーキが並ぶ。一歩入った瞬間、思わずため息が出るような素敵なお店です。



でもそんな「素敵」を作り上げる側に立つということは、ましてや夫婦一緒にずっとお店に立つなんていうことは、時に素敵だなんて言っていられない瞬間だって、大いにあるんじゃないだろうか…?とそこにけんかの匂いを感じたわたしは、お二人に話を聞きに行きました。



夫 前山真吾さん 
進学のため上京後、花屋という職業に興味を持つ。何十店舗も面接を受け、未経験のまま花屋修行を開始。様々な店舗で修行を積み、2014年花とお菓子のお店cotitoをオープン。それぞれの花や植物の個性にこだわった独特のセレクトや、オリジナリティー溢れるリースやスワッグなども魅力的。


妻 前山由佳さん 
大学時代に経験した海外ボランティアをきっかけに、いつか人が集まるスペースを持ちたいと思うように。タイ料理店でデザートスタッフとして勤めた後、乳卵不使用のお菓子制作を始めレシピを増やしていく。2014年夫の真吾さんとともにcotitoをオープンし、エディブルフラワーを使った美しいお菓子を制作・販売している。



本当にやりたいと思えることをしよう、と決めました

二人が出会ったのはcotitoのある西荻窪から中央線で一駅下った吉祥寺の街。真吾さんが勤めていた花屋さんと由佳さんが勤めていたタイ料理屋さんがお隣にあったことがきっかけでした。

真吾さん
「花屋になったきっかけは、やりたいことが見つからないまま勧められて入った旅行関係の専門学校に通っていた時、住んでいた駅前の花屋に目が止まったことでした。その店は店員が全員男性で、しかも金髪で日焼け顔のいかつい人たちが花束を作っていた。それを見て、こんな人たちがやっているんだって興味を持ったという(笑)入り口はそんなところからでした」

興味をもったものの、未経験の採用はほぼなく、ましてアルバイトで入れる世界ではないことを知った真吾さんは学校を辞め、何十店も面接で断られた末、ようやく花屋で働けることに。

真吾さん
「唯一知っていた花がチューリップ。花のことは何もわからない。毎日怒られて楽しいと思う余裕は全くなかったけれど、不思議とはまったんです。必死でやるうちに市場の仕入れを任されるようになり花の知識を得て、都心にあるブライダルやディスプレイ中心のお店で修行もしました。朝も夜もないほど忙しい、半分棺桶に足を突っ込んでいるような日々を経て、もっと生活に寄り添うような町の花屋さんで働いてみたいと入ったのが吉祥寺の店だったんです」




一方由佳さんも大学に進学したものの悩む日々を送っていたといいます。

由佳さん
「ここで得るものはない、と思いながら通っていた大学3年生の時に、海外ボランティアに行ったことが転機になって、本当にやりたいと思えることをしよう、と決めました。そしていつか人が集まるようなお店を作りたいな、と漠然とした夢を持ち始めたんです。お店を作るには自分の強みを見つけなくちゃいけない、お菓子を作ってみたいという気持ちも生まれました。そんな時にアルバイトしていたタイ料理屋さんがデザートを担当するスタッフ募集をすることになって。チャンスだと思い手をあげてレシピ考案から製作まで担当させてもらうことになりました。それからは日々デザートで頭がいっぱい。隣の花屋さんにタレ目の男の人が働いているのは知っていたけれど、挨拶するかしないかのまま2年くらい過ぎました」




花を作ることとお菓子を作ることは似ているところもあった

そんな二人に変化が訪れたのもまた、お店がきっかけだったそうです。

由佳さん
「お店で結婚パーティーをすることになり、会場の装飾を考えていた時に隣の花屋のタレ目の人が浮かんで、装花をお願いした。優しそうだし親身になって相談に乗ってくれそう、と思って行ったのに『なんでもいいんじゃないすか?』って予想と違う反応で(笑)でもその時作ってくれた花はすごく綺麗で、そのすぐ後にあった母の日にも花束もお願いしてみた。その時も『どんな花がいいんすかねー』って軽い感じだったのに、忙しい中すごく綺麗な花束を作ってくれて。なので後日お金を渡す時に、焼いたクッキーがあったから一緒に渡そうと思ったんです。でも勘違いされたら困るな、と母に『クッキー渡しても勘違いされないよね?』って聞いて『大丈夫でしょ』ってことで渡したら…勘違いしたんだよね(笑)」

真吾さん
「店の間の駐車場に呼ばれてクッキーもらったら勘違いするでしょ、そりゃ」




幸運な勘違い(?)をきっかけにして、やりとりをするようになった二人。

由佳さん
「ちゃんと話してみたらいろいろなことを考えてるんだな、と思える人だった。花を作ることとお菓子を作ることは似ているところもあったし、お店を持ちたいという共通の夢があることもわかって。いつか一緒にできたらいいな、と思えたんです」

多くのお店に共に足を運び、将来持ちたいお店のイメージを合わせていったという二人は一年と少し経った頃、結婚することになりました。「早いね」と言われることもありましたが、それは自然なことだったといいます。



車に乗るとすぐ『夢のミーティングしようよ』とかね

結婚後、由佳さんは妊娠し、出産の為お店をやめて自宅でお菓子の試作を重ねるようになりました。一方真吾さんは今後について悩んでいました。

真吾さん
「お店を持ちたいと思っていても、働きながら開店資金を貯めるのはなかなか難しい。このままじゃいけないと思いつつ、踏ん切りもつかないでダラダラしている感じでした」

由佳さん
「当時お店は花屋メインで、ちょっとわたしの焼き菓子を置いてもらうくらいのイメージだったんです。だから真吾くんが決めないといけないと思い『口に出さないとだめだよ』『やりたいことをやった方がいいんじゃない?タイミングはいつでもいいよ』と圧力をかけていました」

真吾さん
「車に乗るとすぐ『夢のミーティングしようよ』とかね。でも自分はずっと『いや、今いいから』と言ってかわしていました。自分の中で固まってからじゃないと話せないんです。でも、ある日1人で運転していた時に、1年後は無理だけど2年後に店をやろう、と思えた。すっと腹が据わった感じというか」




自分たちの強みは花なんだ、と思いました

オープンを目指して動き出した二人はお店を営む友人に資金繰りの相談をしたり、店舗物件を探したり。何かを発信する側になるためには人との繋がりが大切だ、と外に出て多くの人との出会いを重ねたりもしました。

由佳さん
「ずっと自分たちの『強み』って何かな、と考えていました。花屋さんもお菓子屋さんもいっぱいある中でお店を続けていくために、自分たちだけができる『何か』を探していたんです。花とお菓子を一緒に提供できるというのはその一つかなと思っていたので、花をモチーフに焼き菓子にアイシングをすることを考えたり…」




素材にこだわり、なおかつアレルギーの人にも食べやすい乳卵不使用のレシピも考案していたという由佳さん。でもそれだけでは強みにならないと考えていた時に、食べられる花であるエディブルフラワーの生産者さんとの出会いがありました。

由佳さん
「その出会いによって、この花を使った焼き菓子をつくろう、自分たちの強みは花なんだ、と思いました」

お店の設計をしたところ、お菓子を作り、販売するための設備をそろえるには多くのお金がかかることもわかり、花とお菓子両方がメインのお店作りを考えるようにもなったと言います。店舗の物件も決まり、道のりは順調かと思いきや、物件が古かったことで思った以上に工事は時間がかかったそう。

真吾さん
「物件が決まってからオープンまでに半年かかってしまって。経営的なことはすべて自分が担っているので、お金が減っていく焦りはありつつも、オープンしたら突っ走るだけだと思って耐えました」

空白の時間を使って由佳さんは試作を重ね、花の鮮やかな色や形を活かし、美味しいと思えるレシピを作り上げました。



真吾くんはとにかく考える時間が長いんです

2014年の8月、満を持してついにcotitoがオープン。始まってみると、思っていた以上にお菓子は評判を呼び、お花屋さんで買えるお花のお菓子を求めて遠方からもお客さんがやってきました。それは由佳さんの考えていた強みがしっかりと届いた証拠でもありました。結果、毎日深夜まで由佳さんはお菓子を焼き、真吾さんは焼けたお菓子を袋詰めし続けることに。

真吾さん
「ありがたいことにお菓子の人気がでて。でもその分梱包や接客に追われて花と向き合う時間がたりないところもありました。花はどうしてもロスが生まれるので、お菓子が沢山出ることはいいことなんです。なので花についての考えや思いはあっても、割り切ろうと思っていた部分がありました」




真吾さんの仕入れるバナナの木や大きく曲がった枝、毛の生えた花などの個性的な植物、ドライフラワーを使い単色ベースに作られたリース…ここにしかない、と思える花や植物の提案もまたcotitoの大きな魅力です。ですが、自分の花には全然納得出来ない、と真吾さんは言い、だけれどどこが納得出来ないのかについては語ることはありません。

由佳さん
「だったらもっとやりたい花をやればいいのにと思うし、真吾くんはとにかく考える時間が長いんです。納得して行動に移すまでが本当に焦れったい。ずっとやりたいと言っていたお花教室も、4年経ってやっと最近形になったくらい(笑)」

真吾さん
「逆に由佳は店でも自分がちょっと手を止めてると『暇ならこれやって』って指示出ししてくるような人。娘も『お母さんは1分1秒も無駄にしたくないんだよ』と言うくらい。でも考えている時間って、自分にとって無駄じゃないんです」




真吾さんは自分の中で確かな答えが出るまでは、口に出したり相談したりせず、納得ができて初めて何かを言葉にするタイプのようです。そんな真吾さんを由佳さんは「アーティストタイムが長い」と一喝。どうやらその「考えている」という時間が、二人のけんかのきっかけとなる様子。

由佳さん
「お店を良くしていくことをいつも考えたいし、そのためには気になったことや気付いたことはその都度、言いにくくても話さなくちゃと思う。だから感じ悪くならないように丁寧に冷静に話しているのに真吾くんは『話が長い!』とか言って受け入れないからけんかになるんです」

真吾さん
「言われることは、『ごもっとも』なことなんですけど、大体自分でもわかっていることなんです。それを丁寧に冷静にダメ出しされるのって、じわじわゆっくり刺されれている感じなんですよ。だったら一思いに刺してくれって思って」



言われたくない『ごもっとも』を言い続ける

由佳さんに指摘されることは、わかっているけれど、考えている途中のことだという真吾さん。そしてわかっているけどなかなか出来ないことは誰にでも実はたくさんあることです。わかっているからこそ、指摘されると腹が立ってしまう気持ちはわかる気がしますが、由佳さんはこう言います。

由佳さん
「言われなくてもわかってる、っていうことってその『ごもっとも』を言われない限り出来ないままのことだと思うんです。だからわたしは敢えて、言われたくない『ごもっとも』を言い続けなくちゃと思ってる。例えそれがずぶずぶに刺すことになろうとも、やりたいことをやれたほうがいいと思うんです」

確かに、お店を持ちたいと思いながらも踏ん切りがつかなかった真吾さんにとって「夢のミーティングしようよ」と言い続けた由佳さんのせっつきに、背中を押された部分があったのかもしれないように、言われたくないことを敢えて言葉にされることで、一念発起できることはあるのかもしれません。
そんな、ぐうの音も出ない『ごもっとも』な意見を、今まさに丁寧に冷静に話す由佳さんに「確かにごもっともなんですよ。じゃあ、これからは腹が立ったら『ごもっともです!』っていうことにするよ!」と苦笑いで答える真吾さんなのでした。





取材後記

cotitoの日々の「素敵」の秘密は真吾さんのマイペースさと由佳さんのストイックさ、その融合だ…!と取材を終えて思いました。今回印象的だったのは、二人が見ているもの、描いているものは、いつも重なっているんだな、ということでした。「言われなくてもわかっている」というけんかは、互いを理解できなかったりすれ違ったりして始まるけんかではなく、見ている先は一緒だけれど、そこに対する向かい方の違いから生まれるけんかなのかな、と思ったのです。
由佳さんの「言われなくてもわかってることって、その『ごもっとも』を言われない限り出来ないままのことだと思うんです」という言葉は、アイデアだったり夢だったりについつい「考え中」の札を張って、長く寝かせてしまいがちなわたしにも突き刺さりました。そう、確かにすぐ形にしようと動かないと逃してしまうタイミングや出会いやきっかけは山のようにあるのです。ですが、やはり寝かせることで高まり深まるものごとだって確かにある、と言い訳ではなく!思ったりもするのです。
そう思うと、焦って形にしようとはせずに考える時間を大切にする真吾さんと、日々確実に一つ一つ形にしようとする由佳さんが一緒にお店をやっていることこそが、何よりすごいcotitoの「強み」なのではないかと思いました。お店を続けていく、という終わりのない長い長い夢にむかっていくのには、ゆっくりと形にしていくものと、日々形にしていくもの、その両方がきっと必要だと思います。時に喧々諤々それぞれのアプローチでお二人が描くからこそ、cotitoは、今日も、未来も、きっとため息がでるほど素敵なのではないかと思います。




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中村暁野(なかむら・あきの)

一つの家族を一年間にわたって取材し一冊まるごと一家族をとりあげるというコンセプトの雑誌、家族と一年誌『家族』の編集長。夫とのすれ違いと不仲の解決策を考えるうちに『家族』の創刊に至り、取材・制作も自身の家族と行っている。8歳の娘と2歳の息子の母。ここ最近の大げんかでは一升瓶を振り回し自宅の床を焼酎まみれに。
夫はギャラリーディレクターを経て独立し、現在StudioHYOTAとして活動する空間デザイナーの中村俵太。
家族との暮らしの様子を家族カレンダーhttp://kazoku-magazine.comにて毎日更新中。



馬場わかな(ばば・わかな)

フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。好きな被写体は人物と料理で、その名も『人と料理』という17組の人々と彼らの日常でよく作る料理を撮り、文章を綴った著書がある。夫と5歳の息子と暮らす。そんなにケンカはしないが、たまに爆発。終わればケロリ。
著書に『人と料理』(アノニマ・スタジオ)、『Travel pictures』(PIE BOOKS)、『まよいながら ゆれながら』(文・中川ちえ/ミルブックス)、『祝福』(ORGANIC BASE)がある。




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