家族4人で1年に出すごみの量がわずかガラス瓶1本分(=1ℓ)という驚異の「ごみゼロ生活」を紹介する
『ゼロ・ウェイスト・ホーム』。
生活のシーンごとに実践的な取り組みが紹介されていて、
興味のあるところや身近なところから少しずつ始めることができます。
「日本でもできるの?」という疑問にお答えすべく、
翻訳を手掛けた服部雄一郎氏による実践リポートを
お届けしていきます!

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第6回 台所のゼロ・ウェイスト②
~「モノを減らす」編~


◆「ごみを減らす」より「モノを減らす」

台所はよく「家でいちばんごみが出る場所」と言われますが、その圧倒的大部分は生ごみと食品のパッケージではないでしょうか? ですから、ごみを減らしたいと思ったら、まずは生ごみ処理をして(第5回)、さらにプラスチック製容器包装をできるだけ減らし(第4回)、残った容器包装をできる限りきちんと分別資源化に回すようにすれば、それだけでごみの量は激減します(ほとんどなくなる、と言っても過言ではないほどです)。

あとに残るごみはと言えば、使い古したスポンジやたわし、壊れた調理器具類、古くなったタッパーウェアや割れたお皿などが思い浮かびますが、これらを減らすにはどうすればよいでしょうか?

思うに、モノは必ず壊れます。壊れないように大切に使ったり、なるべく壊れにくい材質を選ぶことはできても、「絶対に壊れない/永久に摩耗しないモノ」というのは存在しません。ということは、つまり、これらのごみの発生を抑えようと思ったら、究極的には、まずは入り口の部分で、「壊れる可能性があるものを持たないようにする/なるべく減らす」よりほかないという結論に至ります。

これはベア・ジョンソン流「ゼロ・ウェイスト・ホーム」の中でも、もっとも大切なポイントのひとつです。「モノを減らせば、壊れるモノが減り、(結果的に)ごみが減る」。「モノが減れば、家はスッキリし、掃除や手入れの手間も減り、買うための出費も減る」。わが家の台所も、そんな視点でなるべくすっきりと、無駄の少ない場所にしたいと試行錯誤中ですが、そんな中、わが家が今とても気に入っている工夫をいくつかご紹介したいと思います。


その1.オーガニックコットンのふきんで、脱洗剤&脱スポンジ

「びわこふきん」というふきんがあります。オーガニックコットンのガラ紡糸を織ったシンプルなふきんですが、吸水性にすぐれ、洗剤を使わなくても食器が洗えるふきんとして根強い人気を誇ります。わが家はこちらを愛用していますが、本当に心地よい。肉料理や揚げ物などのギトギトした汚れには心もとないため、必要に応じて石鹸を足して使っていますが、通常の食器洗いには本当にまったく洗剤が必要ありません。

わが家はこのふきんのおかげで洗剤ボトルの撤去に成功したばかりでなく、食器用スポンジの撤去にも成功しました(フライパンなどには自然素材の亀の子たわしを、シンク用には丈夫でリサイクル可能な金たわしを使っています)。食器用スポンジって、見かけが悪く、いつもキッチンに鎮座して、ついぞ完全に乾くことはなく、散々雑菌をため込んだ挙句に最後はごみ箱行きとなる――いつも不快に感じていました。今、わが家のキッチンには3枚のびわこふきんがあり、毎日とりかえて洗濯し、パリッと乾いた新しいふきんを戸棚から取り出すところから気持ちの良い朝がスタートします。これは快適です。しかも、コットン100%なので最終的には土に還ります。


その2.庭で育てて土に還せる、ヘチマのうつくしい石鹸置き

おなじみのヘチマたわし。これを輪切りにしたものが「石鹸置き」として売られているのを地元の産直で発見し、「なるほど!」と膝を打ちました。即実践。これはすばらしいです。

ヘチマの繊維がしっかり水気を切ってくれるので、石鹸が溶けず、長持ちして使い心地がよくなりました。しかも、石鹸を持ち上げるたびに、ヘチマの芸術的な断面が目に飛び込んできて、自然の美しさに驚嘆できるという幸福なおまけつき。さらに、気が向いたら、石鹸分を吸い込んだヘチマでシンクをササッと擦れば、あっという間に洗面台の掃除も完了。スポンジを出す手間も、洗剤を取り出す手間も一切ありません。使い古して黒ずんできたら、庭に埋めて土に還します。


こんなふうに使っています。

昨年は産直で買ったヘチマを使いましたが、今年か来年あたりにはぜひわが家の庭で育てたヘチマを使いたいと思っています。「庭で育てるスポンジ/石鹸置き」、心が躍ります。



その3.鍋とコンロで、台所家電をシンプル化

これは京都の老舗の焼き網。高知へ引っ越すとき、親しい友人が「トースター代わりに」とプレゼントしてくれたのですが、パンがこんがりと上手に焼けます。トースターは家電の中では安価で、作りもシンプル。わりに長持ちするイメージではありますが、それでも「ない」に越したことはありません。この焼き網のお陰で、トースターの置き場所が不要となり、わが家の台所はまた一歩「シンプル」に近づけた気がします。

このほか、お米は鍋で炊くことで、炊飯器も卒業。電子レンジも持たず、温めなおしには蒸し器を使ったり、冷ご飯は炒めてチャーハンにしてしまったり。炊き立てのご飯や、でき立てのスープは、鍋ごと毛布にくるむと、かなりホカホカをキープできます。

もちろんこれで台所家電がゼロになるわけではなく、わが家も依然として冷蔵庫やバイタミックス、ミルサー、さらに業務用オーブンなどをフル回転させて生活していますが、電化製品への過度な依存を減らせるのは健全な一歩だと信じています。そして、ごみも出費も確実に減ります。


その4.中身が見える密閉保存瓶

長年、プラスチック製のタッパーウェアや琺瑯(ほうろう)製の保存容器を使い続けてきたわが家ですが、ベア・ジョンソンやローレン・シンガーがメイソンジャー(密閉保存瓶)をフル活用しているのを知って、少しずつ取り入れはじめているところです。そして、非常に使用感がよいことに気づきました。

透明で中身が見えるというのは抜群に便利です。これまでどれだけの食材や料理を、中身が見えにくいために冷蔵庫の中でダメにしてきたことか――。密閉度も高く(脱気処理をすれば長期保存も可能です)、瓶そのものも劣化しにくく(対するプラスチック製のフタはすぐに劣化します)、ガラス+金属ということでリサイクルもしやすい。並べたときの美観にもすぐれ、値段もひとつわずか数百円ということで、わが家のメイソンジャー依存度は今後高まる一方となりそうです。


◆「脱・容器包装プラスチック」をめぐる攻防

以上のような工夫や生ごみ処理で、かなり台所のごみを減らすことのできたわが家ですが、やはり悩みの種は「容器包装プラスチック」です。一応“資源物”として、ごみ箱には入れずにリサイクルに回しているとは言え、持続的な循環には程遠いプラスチックは「なくしたいごみ」の筆頭格。でも、欧米ほど量り売りの普及していない日本では、プラスチック製容器包装を家から締め出すのは至難の業です。

「燃えるごみ」の方は、特に苦もなく、1カ月分のごみが大きめのガラス瓶ひとつに収まるくらいにまで減り、ごみ出しも2~3カ月に1度で済むようになったのですが、容器包装プラスチックの方はまだまだ。今もいちばん小さい指定袋が10日~2週間でいっぱいになってしまいます。

本当に徹底的にプラスチックを排除すれば、もっと快適な暮らしにシフトできるかもしれない――。そう考えた自分は、これを機に脱プラスチックの可能性を突き進んでみようと心に決めました。「どうしてもプラスチック製容器包装入りでしか買えないもの以外はパック済みのものは買わない」をモットーに据え、容器包装プラスチック用の分別容器を極端に小さなものに変えてみたのです。

きっとすばらしい世界が待っているに違いない、と期待に胸を膨らませた自分を待ち受けていたのは、あろうことか、夫婦喧嘩でした……。

もともと妻はゼロ・ウェイストの意義を非常によく理解し、とても前向きに協力してくれていました。それで「どこまでも一緒に突き進める!」と思い込んでしまったのが間違いのもとだったのかもしれません。やはり、いくら「理解できる」とは言っても、夫が勝手に言い出した話。知らず知らずのうちに窮屈な思いが積み重なっていたのでしょう、ある日ドカンと大爆発してしまいました。

「こんな小さな分別容器で、結局プラスチックが全然入りきらないじゃないの!」「食材の買い物に行くのはほとんど私なのに、どうしろって言うの!?」「ごみを減らすことは大切だけど、ゼロにすることが大切だとは思わない」「パック済みだからって、子どもが好きなメカジキの切り身も買わないなんて!」「極端に走ることで生活全体がおかしくなる」「これじゃ手作りキムチを友人におすそ分けすることもできない」「ジップロックに入れずにガラス瓶に入れて渡して、その人が結局ガラス瓶を捨てるのってどーなのよ!!」云々。矢継ぎ早に繰り出される真実の叫びをまともに受け、こちらはこちらで「せっかく前を向いて進もうとしているのに!」「突き進んでこそ見えてくるものがあるはずなのに!」「わかってくれていると思っていた」などと大憤慨し、見ている子どもたちも口あんぐりの醜態をさらすこととなってしまいました。

ゼロ・ウェイストのいちばん陥りたくないシナリオです。

「家族の理解を得るのがむずかしい」というのはよく聞く話ですが、十分に理解してくれている家族の間でさえ、歩調は完全に揃うわけではない、というのは肝に銘じておく必要があるのだと、今さらながら実感しました。そして、自分が目指したいのは、「たのしいゼロ・ウェイスト」であって、「夫婦喧嘩のゼロ・ウェイスト」ではないのだ、と。

「ゼロを目指すことの価値」「ゼロを目指してこそ、初めて見えてくるもの」の大きさは今も信じています。と同時に、言うまでもないことですが、生活というのはかくも複雑で、いろいろな価値や必要性が混じり合っており、ごみは(いかに重要であるとは言え)その“ごく一部”でしかない。そのことを十分に踏まえた上にこそ、本当にバランスのよいゼロ・ウェイストは実現するのだろうと思います。

矛盾に満ち満ち、完全無欠には程遠い現実の中のこと。ごみだけを完全無欠にしようとすれば、ほかの部分に弊害が出てくるであろうことは容易に想像できます。ごみがゼロになっても、家庭内に笑顔がなければうれしくありません。つくづく、ゼロ・ウェイストというのは、無理を押してまで頑張ることではない。逆に言えば、「無理なくごみを減らせる」ことこそがゼロ・ウェイストなのです。


◆されど「念ずれば、減る」

順調なはずが、夫婦喧嘩などしてしまって、ちょっと落ち込んだりもしたわけですが、むしろここからが真のスタート。夫婦間での仕切り直しも完了し、よりポジティブに取り組む準備が整いました。

以来、一点の曇りもなくなったわが家のゼロ・ウェイストですが、「脱・容器包装プラスチック」については少し手綱をゆるめ、プラスチックトレイ入りの魚や肉が時折入り込んでくるのも許容することにしました。

でも、ひとつよろこばしいことに、これは「完全なる逆戻り」ではないのです。プラスチックトレイを完全に排除するのをやめたと言っても、それはゼロ・ウェイスト以前のわが家が「無節操にプラスチックトレイ入りの魚や肉を買っていた」あの日々へ逆戻りしたのと同じことではありません。「できればパックで買いたくないな」と思っているのと思っていないのとでは、まったく話が違います(結局パック済みの品物を買うことになるとしても)。そして、「減らしたいな」と思うだけで、プラスチックは、ゼロにはならないまでも目に見えて減るのです。

文字通り、「念ずるだけで、減る」。わが家はこれまで、毎週1袋に収まり切らない量の容器包装プラスチックが出ていました。それが今では(残念ながらゼロには程遠いけれど)いつの間にか半分近くまで減っています。特に無理をするわけでもなく、です。無理をしていないので、常にプラスの工夫をする心の余裕があり、少しずつ“よい方法”がわかってくる。そんな営みの先にこそ、今の自分が目指したいゼロ・ウェイストの完成形が見えてくるのかな、と、今はそんなふうに感じながら、「プラスチックのない暮らし」を思い描いています。


わが家の台所の「最もモノが片づいた状態」。普段はもっとモノがはみ出しています。
ゼロ・ウェイストでモノをさらに減らすことで、「整っている時間」が増えるはず、と期待しています。


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服部雄一郎
1976年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を経て、東京大学総合文化研究科修士課程修了(翻訳論)。20代の終わり、障害を持つ長男の誕生を機に、六本木の高層オフィスから当時住んでいた葉山町の地元の役場に転職、ごみ担当に配属され、ゼロ・ウェイスト政策に携わる機会を得る。その後、フルブライト奨学金を得てUCバークレー公共政策大学院に子連れ留学。ゼロ・ウェイスト関連の国際NGOのスタッフとして南インドに滞在。2014年、高知に拠点を移し、よりサステイナブルで自由な生き方の実践をスタートする。妻とともに食まわりの活動「ロータスグラノーラ」主宰。地方移住の本音をつづる連載サイト「移住のなかみ」にも執筆中。

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