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はじめに

 むかしあるとき、世界はまるくて、てくてくとことこあるいていくと、ぐるっとひとまわりすることができました。どこにでもあるところがあって、あるところにはどこにでも、男のひと女のひと子どもたち、犬にウシにイノシシにウサギ、ネコやトカゲ、それからほかにもたくさんの動物がいました。世界とはそういうものでした。そしてそれから、ローズという女の子がいました──。

『世界はまるい』(The World Is Round, 1939)は、そんな世界の “あるところ” にいる、ちいさなローズの物語です。パリに暮らしたアメリカの作家、ガートルード・スタイン(1874〜1946)が、いまから80年近く前、子どもたちへの贈りものとして書いた、ちいさな本です。

  わたしはちっちゃな女の子
  名前はローズ、ローズって名前
  なぜ わたしは女の子なの?
  なぜ わたしの名前はローズなの?
  いつ わたしは女の子なの?
  いつ わたしの名まえはローズなの?
  どこで わたしは女の子なの?
  どこで わたしの名前はローズなの?
  わたしはちっちゃな女の子、
  バラって名前の女の子、バラって名前のどの女の子?

 9歳のローズは、いつも考えています。わたしはだあれ? もし名前がローズじゃなかったら、わたしはいまとおんなじローズだったかな、もしわたしがふたごだったら、いまとおんなじローズだったかな? いろんなことを考えて、ローズは歌をうたいます。そして、うたうときまって泣きだします。

 そこでローズは、自分を探す旅にでることにしました。大好きなブルーのイスを抱えて、ひとりで山にのぼるのです。『世界はまるい』は、そんなちいさなローズの自分探しの旅、アイデンティティの物語です。そうして、世界を発見していく物語です。ちいさなラブストーリーでもあります。



 このおはなしを書いたガートルード・スタインは、ことばで実験をした作家でした。アメリカで生まれ、心理学と医学を勉強し、三十歳のときにパリに渡って、アリス・B・トクラスという女性と生涯パリに暮らしました。セザンヌをはじめ、無名時代のピカソ、マチス、ブラックなどの絵を買った近代絵画の擁護者として、またヘミングウェイに文章の手ほどきをしたことでも知られています。
 20世紀文学の伝説的な作家が、60歳をすぎて、たった1冊、子どものために書いたおはなしが『世界はまるい』だったのです。それには、いろいろないきさつがありました。

 わたしが、この作品にはじめて出会ったのは、詩人のぱくきょんみさんの翻訳を通してでした。書肆山田から〈ガートルード・スタインの本〉シリーズの1冊として、詩集のスタイルで刊行された『地球はまあるい』に、わたしはたちまち魅了されました。その後、詩人で、翻訳家の落石八月月オーガストムーンさんの訳で、ピンクとブルーの描き下ろしのイラストが添えられた『地球はまるい』が、ポプラ社から刊行されました。2冊はそれぞれにチャーミングで、わたしはどちらのローズも大好きでした。それだけに、長らく重版未定の状態が続いていることを、とても残念に思っていたのです。

 そうこうするうち、アメリカで、1930年代の初版から75周年を迎えるにあたり、記念エディションが刊行されました。ガードルード・スタインの希望どおり、ピンクの紙にブルーの文字の2色刷りで、クレメント・ハードによる美しいイラストが添えられた、オリジナル版の復刻です。このたび、アノニマ・スタジオからお届けする『世界はまるい』は、そのオリジナル復刻版からの翻訳です。



 いざ、翻訳にとりかかってみると、子どものためのおはなしとはいえ、文章のスタイルは、やっぱり、ガートルード・スタインそのものでした。スタインの翻訳を何作も手がけている、落石八月月さんのことばを借りれば、「ガートルード・スタインは言葉から意味をなくしてみましょう、意味を解放して自由にしてみましょう、できるかしら、というような態度で生涯書き通した作家」でした。「逆説的でとてもラジカルな世界で、度を越えたしつこい繰り返しや極度の抽象、破格の句読点……と変わったやり方でものを書きました」(『小説アイダ』より)というスタイルも健在でした。
 しかし、原文をくりかえし声にだして読み、家族や編集者につきあってもらって、訳文を声にだして読み合ううちに、ローズという女の子のイメージが、自分のなかで、だんだん、はっきりとした輪郭をもって立ち上がってきました。そしてローズの声と、ちいさな主人公のかたわらに寄り添う、ガートルード・スタインの声が聴こえはじめたのです。

 ローズとの旅は、ワクワクしたり、苦しかったり、ときに哲学的になったり、ぐるぐる感情がうず巻いたり、ときに胸がいっぱいになりました。それでも、ひたすら声にだして文章を読んでいくと、ことばと自分がしだいに一体となって、五感もろとも物語に引き込まれていく愉しさを味わいました。
 そんな旅を続けるいっぽう、この小さな本の誕生の背景や、作者ガートルード・スタインについてひもといていくうち、『世界はまるい』の世界が、アナログ的に連鎖していき、これまで無関係に思えたさまざまな人やもの、場所、出来事などが、どんどん有機的につながっていきました。そのたびにわたしは、鳥肌が立つような感覚を味わい、 “世界はまるい”ことを実感したものです。

 編集者として、この本の誕生のきっかけをつくったのが、世界中で愛されている絵本『おやすみなさい おつきさま』の作者、マーガレット・ワイズ・ブラウンだったこともそのひとつでした。



 そんなわけで、Web連載「『世界はまるい』の世界 ─The World of "The World Is Round"─」では、この本の誕生のいきさつから、“まるい世界”のさまざまなエピソード──1939年に"The World Is Round"を世に送りだした、ニューヨークの実験的な出版社スコット社と、1930~1940年代にかけての「アメリカ絵本の黄金時代」のこと、20世紀初頭のパリで数々の伝説をつくった芸術家たちがつどったフルーリュス通りのスタインのサロンのこと、スタインとパートナーのアリス・B・トクラスのやさしい関係、さらには、かつてわたしが半年ほど滞在し、ガートルード・スタインの『アリス・B・トクラスの自伝』に出会った、パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店のことや、ピンクとブルーの美しいリトグラフで刷られた、"The World Is Round"の初版本をはじめて手にした、私設絵本資料室 “ミュゼ・イマジネール” のことなど、『世界はまるい』のあとがきでは紹介しきれなかった、“まるい世界”のおはなしをお伝えしていきます。どうぞ、ご期待ください。




みつじ まちこ

1964年、三重県生まれ。洋書絵本輸入会社勤務を経て、絵本、アート、食などの分野を中心に、翻訳、執筆、編集にたずさわる。2001年、パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店で、ガートルード・スタインを知る。2007~12年まで、母校である青山学院女子短期大学図書館にて、欧米の古書絵本「オーク・コレクション」の調査と図録制作に従事。おもな訳書に『フードスケープ』(アノニマ・スタジオ)、『ミシュカ』(新教出版社)、『地球の食卓』(TOTO出版)、「はじめてであう絵画の本」シリーズ(あすなろ書房)など。



世界はまるい

文:ガートルード・スタイン
絵:クレメント・ハード
編:マーガレット・ワイズ・ブラウン
訳:みつじまちこ

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