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「働いて生きること」は、人の数だけ、物語があります。取材でお会いした方、ふだんからお世話になっている方、はたまた、仲のいい友人まで。これまでに出会った、他の誰とも似ていない仕事をしている「自分自身が肩書き」な人たちに、どのようにしてそうなったのか、話を聞きにいきました。

写真:藤田二朗(photopicnic)

“いいため息”をついて調えるために、できること

第9話 喫茶室店主 蕪木祐介さん


珈琲にもチョコレートにもつくりたい味のイメージが明確にあり、
ひたすらそれに近づけていけばいいだけ。だから、そこに混迷や錯綜はないと彼は言う。
そうか、その静かで落ち着いた物腰も、店の隅々にまでその気配が行き渡っているのも、
やるべきことがわかっているからなのだ。蕪木祐介さんをひらく、しごとの話。

名前

仕事

珈琲とチョコレートの製造、喫茶室運営

この仕事を始めたきっかけ

ゾクゾクする感覚


蕪木祐介(かぶき・ゆうすけ)
1984年生まれ、福島県出身。岩手大学に在学中、盛岡で喫茶店の魅力に初めて触れる。チョコレートへの興味も加わり、株式会社ロッテに入社後はカカオ・チョコレートの研究と製品開発の仕事に携わりつつ、個人で珈琲の焙煎を続ける。2016年、東京・浅草に珈琲とチョコレートの工房兼喫茶室をオープン。著書に『チョコレートの手引』がある。
kabukiyusuke.com



やるときは、やるんです

──大学では動物科学を専攻されていたとか。

はい、動物に囲まれて過ごしたい、という単純な思いから。宮沢賢治も好きでしたから、自然と岩手の大学に進学しました。

──そのときに喫茶店というものと出会ったんですね。

盛岡ってすごく喫茶店が多くてですね。高校を卒業したてで初めてのひとり暮らしというと、感情的にも浮き沈みがあるものです。僕はそんなに明るいほうではないので(笑)、人とワイワイ騒ぐというよりはひとりで喫茶店にこもって、いいことがあれば喜びを噛み締めるし、反対に嫌なことがあったときにはどん底まで落ち込んでいました。それで、店を出るころには落ち着いて、ちょっと背筋が伸びているというような。


──自分を調える場所だった。

そうなんです。喫茶店に助けられていたっていうのかな。それで、こういうかたちで人の役に立つこともあるんだなと、自分でもやりたいと思うようになりました。でも本当に喫茶店がやりたいのか、それともやっぱり動物の勉強がしたいのか、大学の4年間では結論を出せなくて。それでもう2年、動物の勉強をみっちりやろうと思って、大学院に進みました。

それで行った街が、今度は福岡で。福岡もまた喫茶店が多い街で、僕が珈琲をやるにあたってすごく影響を受けた店がいくつもあります。そこで自分は喫茶店をやりたいんだとあらためて思った。いい店に行くと、自分もこれをやらなきゃいけないってウズウズ、ゾクゾクする感覚があって。それが23歳のときでしたか。珈琲屋でバイトもしていたので、そのまま働こうと思いました。


──バイトも、フリーの時間も。要するに、いつも喫茶店で過ごしていたんですね。

そうですね。でも、そうやって決断はしたものの、社会勉強で1社くらい就職試験を受けてみようと思って、製菓会社に的を絞りました。図書館で調べ物をしていて偶然見つけたのが、食品業界の専門誌に掲載されていたカカオ豆についての論文。カカオに産地や品種があることも、焙煎してチョコレートをつくることも初めて知って、俄然、興味をもちました。




──当時はまだ“ビーントゥバー(bean to bar)”もないし、チョコレートがどうやってつくられているか、一般的にはほとんど知られていなかったんですよね。

チョコレートって、珈琲とすごく共通するところがあるなあって思って。生産地や加工の仕方、嗜好品としての魅力という点でも。それで、チョコレートのことも本気で勉強したいと思って、仕事を探したんです。当時は個人でカカオの焙煎技術をもっている人はいなくて、メーカーの門を叩くしかありませんでした。思い立ったら行動に移したがる性格なので。

──あんまりガツガツしてそうには見えないから、ちょっと意外。

やるときは、やるんです(笑)。



日々是焙煎

──それでロッテに入社したんですね。

たぶん“おもしろ枠”で入社できたんじゃないかと(笑)。当時、スペシャルティコーヒー(生産から流通まで適正な品質管理がなされた、風味性が際立ったコーヒー)の勉強もしていたので、その知識をカカオで活かせるはずだと面接でアピールしたんです。それで無事入社できることになり、カカオ豆やチョコレートの研究、製品のレシピ開発の仕事に就きました。

──さっきの論文を書いた研究者というのがじつはロッテの社員で、結局、その方と一緒に仕事することになった。巡り合わせですね。

ちゃんとつじつまが合っていた、ということなんでしょうね。
チョコレートには科学的な側面がたくさんあって、幅広い知識が必要なんですけど、ここで学生時代に勉強していたことが役に立ちました。発酵のことや、乳の季節的な成分変化のことや。ああ、あのとき勉強したことってこれのことか、みたいなことはけっこうあって、スッと理解できたりして。

──そこでもつじつまが合っていた。

そこで8年間働いたんですが、その間も珈琲に関しては自分で焙煎を始めていて、ツテのある飲食店に卸したりしていました。作業場を借りて、日々、焙煎。続けていないと感覚が鈍ってしまうと思ったので。

──副業ということですよね。

そうです。だからそのときは、平日は朝から晩までチョコレートをつくり、夜は珈琲の焙煎をしていました。他には何もしていなかった(笑)。

──ずっと豆と向き合っていたんですねえ。

よくそれで何年もやってたなと我ながら思いますけど。でもそういう毎日のなかで、どんな珈琲がいいんだろう、自分にとってストレスのない仕事のかたちはどんなだろうって考え続けていました。



──自分の店をもちたいという気持ちは変わらず抱いていた?

むしろ、メーカーで働くようになってからその思いを強くしました。チョコレートをつくる技術があっても、やっぱり伝えるところまでできないとな、って。ロッテに入ったのは完全にチョコレートそのものに対する興味で、技術や知見についてはとても勉強になったし、それがなかったらいまの自分はない。でも同時に、“もの”だけではダメだっていうことも学んだんですね。

メーカーの仕事では、ものづくりにはすごく打ち込めましたけど、その先は自分の手を離れてしまいますから。だから、カカオ豆の生産国からお客さまの手に届くまで、どんなに小さなかたちでもすべて自分でやりたいと思いました。
だって、珈琲にしてもチョコレートにしても、そのものに対する興味というよりは、それがもっている力、つまり人の精神性を高めることのできる嗜好品だというところに自分は魅力を感じているわけですから。そして、僕自身が経験したように、心が少し豊かになること、心の小さな支えになることを提供するのが、僕にとっての人の役に立つやり方であり、売り物なのであって。珈琲もチョコレートも、それから喫茶店も、言ってしまえばそのためのツールでしかないんです。


生きるとは? 幸せとは?

──私も喫茶店は大好きで、バイトをしていたこともありますが、自分自身がそういう場所をつくって他人に提供したいという考えはもちませんでした。蕪木さんはどうしてそう思ったんでしょう。

理屈じゃないんですよね。さっきも話したとおり、いい店に行くとゾクゾクしてしまうので、あ、これが自分がやるべきことなのかな、と思ったくらい。 あとは……何をしているときに幸せを感じるか、じつは自分自身のなかにはあんまりその感覚がなくて。でも、街なかでちょっといいシーンに出会ったりすると、涙が出そうになるくらいジーンと喜びを感じることがあるんです。たとえば電車のなかでチャラチャラした若者がお年寄りに席を譲ったとか、道端でお兄ちゃんが妹の手を引いて歩いているとか。



昔から僕、なんのために生きてるのか、ということを考える人間だったんですよね。でも結局、人のあたたかさじゃないけど、そういう単純なことで人は幸せになっていくんだろうなって。
だから、喫茶店で珈琲を飲んでひと息つくというのも、きっとそういうことと同義なんだと思います。それも、僕のなかでいいなと思うシーンのひとつだったんでしょう。


──蕪木さんにとってのいい喫茶店というのはどんな店ですか? たぶん、考えのすべてがこの店に反映されているんだと思いますが。

自分にこもれるところ、ですかね。自分と向き合って、“いいため息”がつけるところ。魂が鎮まる、というとキザですけど、ぴったり言い当てている表現だと思います。




──じゃあ、ひとりでいて心地よく過ごせる店ということかな。

そうですね。内に向かっていける場所って、あるようであんまりない。たぶん、家ではそこまでできないんです、少なくとも僕は。家だとどうしたって生活があるから、精神を高めたり、気持ちを調えたりってことに集中できない。


──でも、他人にそういう場所を提供するためには、自らが調っていないといけないし、そういう意味での安定した空間を提示しないといけないですよね。大変ではないですか?

そこは仕事としてめりはりというか、それが生きがいにもつながるので。なんのために生きているか、僕はまだわからないけど、ちょっとでも人の役に立つっていう感覚はしっかりもっていたいと思っているので。




ため息は、嬉しい

いまって珈琲もチョコレートもそうだけど、ものばっかりにフォーカスすることが多いと思うんです。どうすばらしいものなのか、コンペティションで勝ったかどうかとか。さっきも“ビーントゥバー”という言葉が出ましたが、その言葉が象徴しているように、自分たちでつくるということ自体がいま、ひとつの付加価値になってますけど、自分でつくっていようがいまいが、おいしければいいと思うんですよね。ちゃんとそこに意志があるなら。

──受け取るほうもむしろ、情報だけで飲み食いしてるようなところがありますもんね。極端な話、おいしいかどうかはどうでもいいというか。

大事な部分の手前で消費されてしまっているようなところがありますよね。情報武装することでおいしいものだと思わせようとしているし、そう思わされてしまっている。そうではなくて、単純に食べておいしい、というのがいい。
僕はひねくれ者なので、そのへんにはちょっと反骨心があって。だからメニューにもあんまり説明を書いていないんです。ワインや珈琲のように、産地を書くことでお客さまが何かイメージができるんだったら書いてもいいと思ってるんですけど、カカオはまだそんな状況になり得ていないし、同じ産地でも地域や品種、発酵や焙煎の仕方で味がまったく違ってくるので。もちろん味も追求するべきだとは思うんですが、いちばん大事なのは味の追い込みではなくて、どういう心持ちで仕事をするかだと思う。



さらに言うなら、ただおいしいものをつくるだけでは足りないんです。だって、おいしいって感じるうちの、純粋な味覚が占める割合はたぶん6~7割程度なんじゃないかな。それ以外の要素、どんな人と、どんな場所で、どんな心持ちで食べるのかで、おいしさというのはだいぶ変化しますよね。
ただし、裏づけとしては自分たちはしっかりやっていかないといけないのはもちろんで、自信をもって出せなければいけないんですけど。でもそこはお客さんに伝える部分ではないというか、お客さんは、ただおいしく、ただいい時間が過ごせればいい。そのためには、珈琲やチョコレートというのはとてもふさわしい嗜好品だと思います。だから、この店でお客さんのため息が聞こえてくると嬉しいんですよ(笑)。背筋が伸びるんです。

──お客さんに話しかけないようにしているのも、そのため息を殺さないようにするためですね。

はい。お客さんが自身のなかに沈み込むときには、僕の存在は邪魔だと思うので、自分から話しかけることはほとんどないですね。




──お客さんと親しくならないほうがいい、ともおっしゃっていましたね。

仲よくなってしまうと、元気なときにしか顔を出せなくなると思うんですよ。ボロボロな気持ちのときでも、行きたいときには行ける店でありたいなと思って。暗い色の服を着ているのもそのためです。この店では、僕は黒子でいいと思ってるから。店を全体的にほの暗くしているのも同じ理由。メニューの紙を珈琲で染めて店になじむようにしているのも。ただし、そのなかで珈琲カップだけは映えてほしいので、例外なんですけど。

──しつらえの隅々まで蕪木さんの思想が反映されているんですね。




世界一は日本一か?

なんでもかんでも世界共通になっていく傾向にありますけど、おいしさの基準というのは環境や背景で変わるものです。よく“世界一”とかいうじゃないですか。でも世界一が日本一とは限らないって、つねづね思っていて。

──わ、名言が出ましたね!

いやいや、敵をたくさんつくるだけで……(笑)。僕は若輩でそのレベルまで全然行けていないながらも、消費者が“世界一”に飛びつく光景がなんだか滑稽だなと。世界一よりも、自分たち日本人のことを考えてつくられているものを僕は食べたい。
たとえば、日本のチョコレートとヨーロッパのチョコレートって実際に違うんですよ。日本のものはねっとりと舌にまとわりつくような濃厚感で、ヨーロッパのはサクサクしていて口のなかでスッと消えるような食感。それは日本人とヨーロッパ人の好みをそれぞれに反映した結果なのであって、どちらが優れているかっていう問題ではないんです。だから、世界一とかコンペティションとかには僕はあんまり興味がなくて。

──世界ではなく、日本を意識したい、と。

そうなんです。でも和素材に注目すればいいとか、そういう話でもないんですよ。どちらかというと、削ぎ落とされたものをていねいに楽しむといった精神性のことを言っています。片手を添えるとか、そっと置くといった、相手を思いやる所作や気遣いの美意識に、僕は日本らしさを感じます。

かといって、それをとってつけたようなものにはしたくない。中身のない上っ面だけなのがいちばん嫌です。中身があって、そこに必然と見た目が加わるっていうのがいいですね。だからこの店も、とってつけたかっこよさ、上っ面のデザインはいらなかったんですよ。カウンターと椅子さえあれば、自分のやりたいことはできると思ったので。



──店の内装は蕪木さんの手づくりなんですよね。

壁のつくり方、塗り方もそうだし、床の張り方、上げ方、何も知らなかったので、大変でした。

──やり方を知らずにどうやってつくったんですか?

本を読んだり、大工の友だちに手伝ってもらったり。

──店の正面に窓がないのも、わざと入りづらくしようとしたわけではなく、つくる技術がなかったからだそうですね。

ほんとは窓はつけたかったんですけど、難しいですよね、窓をつくるのって(笑)。でも、多少DIY感が出ても、自分のベストであればいいかなと思って。

──店内で装飾といえるのは、一輪挿しの花だけですね。

はい。最初はこれさえなかったんです。花の知識もないのに何かやってしまったら、それこそ上っ面になってしまうんじゃないかと思っていたから。でもあるとき気が変わって挿してみたら、気持ちがよくなったんですよ。僕以外にここに生き物が増えたというのがよかったみたいです。それで単純に、気持ちがよくなるものならやればいいじゃないかって。それ以来、花は欠かさないようにしています。

──週に一度、決まって赤いバラを1輪買いにくる蕪木さんのことを、花屋の人はどう思っていることか(笑)。ところで、店名はどうやって決めましたか?

悩みました。じつは実家が酒店を営んでいて、「蕪木酒店」というんです。バスが1日に1本しかないような、ほんとに田舎にあって、タバコや駄菓子なんかも売っているような店で、お客も近所の人だけ。実家の商売に対して誇らしいと思ったことはなかったんですけど、祖母のお葬式のときに、きっと子どものころから通っていただろう近所の人が「アイスのおばあちゃん」と言っていて。それを聞いたときに、うちみたいな店でも誰かしらの役に立っていたんだな、僕もそうありたいなって。それで、蕪木という屋号を継ごうと思いました。自分の名字なら、いいも悪いも言われないだろうし。

──そのものだから、言い訳もできない。

そうなんです。潔くやろうと思って。

──それにしても、蕪木さんは自分の理想だと思える場所づくりをすでに実現してしまったわけですよね。

でも、場所というのはあくまで前提で、それをつくるのが目的ではなく、むしろスタートで。場所があって初めてできることを、いまやってるんだと思います。




──珈琲やチョコレートがツールにすぎないってことと同じですね。

そうです。僕の仕事はあくまでも、人の心に何かを作用させることですから。僕自身は田舎が好きなのに、こうしていま東京で店をやっているのも、都会で忙しく働くなかではとくに、自分にこもる場所ややすまるひとときが絶対的に必要だと思うからです。自分の使命といったら大げさですけど、そのために喫茶店ができることはきっと大きいと思ってるんです。

蕪木祐介さんの “仕事の相棒”
珈琲ポット
「道具にはすべて愛着がありますが、珈琲を志した当初から使っているポットはとりわけ大事な存在。自分の珈琲に合わせて、口の部分を叩いて変形させてあります。一度空焚きしてしまって、磨いて直したので、ちょっときれいになっちゃっているんですが、考えてみたら10年以上、毎日この取っ手を握っているって、すごいことだなと。壊れたらそうとうショックですね」



インタビュアー

野村美丘(のむら・みっく)

1974年、東京都出身。東京造形大学卒業。『STUDIO VOICE』『流行通信』の広告営業、デザイン関連会社で書籍の編集を経て、現在はフリーランスのインタビュー、執筆、編集業。文化、意匠、食、旅、犬猫など自分の生活の延長上をフィールドに公私混同で活動中。座右の銘は「ひと文字ひと文字にキレあれ」。この連載の撮影を担当している夫とphotopicnicを運営している。
www.photopicnic.pics


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