第15回 Senbon Flowers MIDORIYA 岩﨑 有加さん



「世界が真面目と不真面目に分かれるとしたら、どちらかというと私は真面目かな〜くらいに思っていたんです」
 久しぶりに会った岩﨑さんー通称・がんちゃんは、私の顔を見るなり、急に真顔でそんな話を始めた。
 静岡県沼津市の、海にほど近い千本緑町という場所で“Senbon Flowers MIDORIYA(センボンフラワーズ・ミドリヤ)”という名の花屋を営んでいるがんちゃん。出会いから、かれこれ20年くらいになるだろうか。気づいたときには友達で、花屋だった彼女の、花選びと組み合わせの突き抜けた感じと、言葉の組み合わせの繊細さが、いつも直球で突き刺さってくるもんだから、正直、会うたびに私はドキドキしっぱなしでいた。しかも、もう何十年もの間ずっとそうなのだ。数年前、切なさと刹那的な気持ちとが入り混じった彼女の散文がしたためられた短冊が、会場中にひらひらと飾られた展示を見たときも同じ思いだった。それらの言葉にはある種、決意表明でもあるかのような強さと、泣きながら駆け寄って来られたような、か弱さの両極があった。がんちゃんの中にある、女ってものを丸ごとドンと突きつけられたようで、なんだか私の方が照れくさかった。そしてそんな彼女にずっと、自分にはないものを感じ、憧れ続けていたのだ。私が師と仰いでいた美術作家の故 永井 宏さんは、がんちゃんの人柄も、文章もよく褒めていた。憧れの元は、そのことにもあるかもしれない。また、言葉に長けている人は、本をよく読んでいるはずとの確信的予想もあり、以前から彼女の本棚を見せてもらいたいという思いも強かった。でも、見に行くにはそれなりの心づもりが必要だとも思っていた。だから自分なりに覚悟を決めて臨んだつもりでいたが、始まりから、いきなりこの言葉。やっぱりがんちゃんって人は最初から、両肩をガッシリ掴んで思い切りゆさゆさするような、心を揺さぶるテクを持っている。テクニックというより、テクと言いたい感じの始まり。いやはや、のっけからやられてしまった。

 がんちゃんの座右の銘は“正直さに勝る武器はない”だそうで、その言葉通り、もう何十年も自分の内面に向かっての問いかけが続いているという。思い込みが激しいことも大事だと、先週の火曜日まで思っていたらしい。それがここ半年ほどは、思い込みの激しさからどんどん内面へと向かっていくことが苦しくなり、それを解決に導いてくれそうな本によってでさえも回避できない状況になっていた。ところが先週(この取材に訪れた日から遡ること1週間)、あっさりとそれは解決したのだそうだ。
「偶然、しいたけ占い(VOGUE girlの週刊占い)を見たら“嫌なことは嫌だと言いましょう。もっと自分を愛してあげてください”って書いてあったんですよ。それであっ、そうか。って。私って、普段ふざけている印象があるじゃないですか。それも無理して頑張っていたのかも、って今さらですけど、自分が真面目だったことに気づいたんです。そういう自分をようやく受け入れることができたのが先週の火曜日だったんですよ。それで友達にそのことを話したら、みんな私がかなり真面目だって前から知っていたっていうから驚きました。自分はこうだって思い込んでいて、認識できてなかったってことを、自分で自分に発表しました」
“自分らしく”という言葉にすがりたくないと続けるがんちゃん。どこまでも真面目なのだ。気付かされた占いがしいたけ占いってところも、内面に向かって問い続けてきた結末としていいのかどうか……笑。40年以上、おそらくこの人はずっと少女のような感性で生き続けている人なんだと、長年の友人ではあったけれど、このとき初めて認識した。

 肝心の本棚は、予想に反して中ぶりのものが置かれていた。もっとごちゃごちゃとしているだろうという勝手な予想と、古い雑誌などが積まれていることを予想していたが、4段ほどのがんちゃん手作りの本棚には整理整頓された本が、あるべきところにつつがなく収まっていた。人によるけれど、ここのところの取材で好きな作家の本を一箇所にまとめている人が多いことに気づいた。がんちゃんもそうだった。チェ・ゲバラと鈴木いづみ。何冊も重なった本の背幅から圧倒的なサイズ感で二種類の単行本が目に入ってきた。そういえば、かつてがんちゃんは自分でプリントしたゲバラのTシャツやトートバッグをみんなにプレゼントしていたことがあったなぁ。
「調子に乗るなよ!? と私を見つめている背表紙は、ゲバラと鈴木いづみ。それが中心です。あとは昔の文化出版局の本。こう見えて私、中2からオリーブ少女だったんですよ。料理の本は、高山なおみさん。自分でもよく使っているし、知人の結婚のお祝いには、アノニマ・スタジオのビニールがかかっているあのシリーズをプレゼントしているんです。言葉と食べ物のビジュアルにいつもワクワクするハギワラトシコさんの本。それと第二の父と思っている永井宏さんの本。だいたいそんな感じですかねー」

 みんなすごいなぁと思うのは、ただ私が本棚をぼんやり眺めているだけで、こうした答えがかえってくるところ。まだ私はほぼ何も話してない。逆にそれがそうさせるのか?
 文化出版局の本は90年代のものが中心。がんちゃんが短大生の頃から、下北沢で花屋の修行をしていた頃に買い求めたものがほとんどだった。パトリス・ジュリアンの著書『フランス料理ABC』は、ご本人のサイン入り! 1992年発売のもので、11〜12回目のこの連載にもご登場いただいた長嶺輝明さんが撮影されていた。

「パトリスさんが白金台でレストランをやっていた頃ですかね、ちょうど。『お鍋でフランス料理』っていう本のトークイベントに出かけたとき「この本に載っているようなすごい料理は作れません」っていう読者がいたんですよ。そうしたらパトリスさんは、「そんなこと言っていたら何もできないんじゃないかな。できないと言っていないで、やってみようと思う気持ちが大切」というようなことを言ったんです。そのとき、いいこと言うなぁって。生活を楽しくするために、人生を楽しくするために、かわいくてためになるパトリスさんの本や発言は、当時の私にちょうどしっくりきたんです。それで、私が友人と開いていた展覧会の招待状を思い切って送ったら、なんと来てくれたんですよー。23歳の時でした。ちょうど席をはずしていてお会いできなかったんですけど、芳名帳に名前を見つけたときはうれしくて、うれしくて」
 パトリス・ジュリアンの著書や文化出版局の本からは、料理をおいしいだけではなく、かわいく楽しく見せるということを知ったというがんちゃんの言葉に、私もそんな時代、あった、あった! とうなづいていた。が、そこからの“鈴木いづみ”や“チェ・ゲバラ”である。人はいくつかの面を持ち合わせているだろうけれど、がんちゃんはあまりに両極端なんじゃなかろうか。「革命に、もしロマンティズムがあるとしたら、ゲバラはその体現者」というフレーズにぐわっときて、とがんちゃんは続ける。パソコンからは荒井由実の曲がかすれそうにささやかな音で流れていた。このムードに引きずられないようにと、頭の中で次のページへと進もうとしたとき。

「彼のことは漫画で知ったんですよ。29歳のとき。自分にとっての正義を考えていたときでした。それで何か彼のものを身に付けたくて、自分でトレーナーにプリントしたり、ポストカードを作ったりしたんです。私には勇気がなかったし、明日はどっちだ!? と思っていた頃で、彼のプリントがついたものをお守りのような気持ちで持ち歩いていました。若い頃、彼がバイクで旅していたことと、自分もその気概にのっかっていこうってことを掛けて、RIDERって言葉を付け足してプリントしました。今、思うと笑えますけどね」
 その後に見せてくれた本のほとんどは、彼女が転換期を迎える手助けを担っていたり、何かにハマるきっかけを生み出すものだったりするものばかり。ひとつとして単純に読み物として、あるいは著者が好きだったという類のものはなかった。やっぱり、本と向き合い、付き合い続けている人だったんだなぁ。私も何度も読み返した、池波正太郎の『男の作法』は、がんちゃんがお店のカウンターに座ることを覚えたきっかけとなった一冊。カウンターに座る心得のようなものを読みふけった。が、実際に何年もカウンターにへばりついてきた今、読み返すとぽかんとしてしまうところもいくつかあるし、反対にフムフムとうなづけるところもあるという。
「こういう本を教科書にしたらいいのにって思うんですよね。歴史とかそういう勉強も大事だけれど、社会に出てどう振る舞うかという教科書、ないですよね。カウンターにはいろいろなドラマがあって、同じカウンターでもその日、座る人や時間でも、まったく変わってくる。いろんな人が座るから、そのつど変わるんです。粋にしたいといった空気が(みなぎ) りすぎるとさむいなぁと思うし、謙虚にしすぎると意固地になりすぎてしまうところもあるように思うから、どこで止めたらいいかわからなくなるときがいまだにあります。そういうときはこれをまた開くんですけど、結局うまいことできてない、全然」

 毎夜、ワンピースを着てハイヒールを履いてカウンターに通う日々が、がんちゃんの自分的ブームだった時には、30枚以上持っていたボーダーTシャツをすべて人にあげたという。ここでもまた両極端の癖が出る。こうと決めたらとことんまで突き詰めないと、自分で自分を許さないのだろう。花屋になったきっかけをかなり遡った先には、林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』の話もある。中学生のときにハマり、特にこれ(→ルンルン)を読んだときは、上京し、雑貨バイヤーになりたいと思っていたのだそうだ。
「容姿的にコンプレックスをもった女の子が都会に出て、トウキョウのいわゆるギョウカイに入っていって葛藤することを毒舌とユーモアを織り混ぜながらリアルに描いているこの作品には、当時かなり共感しました。早く大人になりたかった私が熱狂的にあこがれた80年代の冒険物語です。林真理子さんのエッセイやよく聴いていたユーミンの歌詞(都会とシングルガールが強さとおしゃれの象徴のような)の影響。それに家族の中で威張りん坊だった父に従う、静かで優しい母を見ていてやるせなさと怒りにかられたこともあったのかな。漠然とですけど、将来は男に頼らず自分で稼げる女になろうと決めたんです。その昔、父は新聞に釣り情報の連載をしていました。釣り情報の連載といっても、潮の流れとか釣れる魚の話ではなくて、自分のポエムのようなエッセイだったんです。今思い返しても、当時も、子供ながらにとても不思議な連載でした。でも、心の中でNoと思いつつも、どこかで受け入れていた自分がいたんだと思います。そこから手に職をつけて頑張るという目標がさらにでてきたことも事実だから、もちろん感謝もしています。本当は父親に褒めてもらいたかったとか、そんな思いだったと思いますが、独立心旺盛だったことも手伝って、「父親をギャフンと言わせたい」「男に勝つ」みたいなことへとねじれていったのかな。今となっては、その理由も、決意もどちらでも良かったのかなと、思いますけれどね」

 その後、がんちゃんは、かつて彼女の祖父母がよろず屋を営んでいた場所で、花屋を開業する。そのきっかけのひとつとなったのは、がんちゃんが初めて買った洋書『Lee Bailey’s small bouquets』。通っていたフラワーデザインスクールで洋書を販売する期間があり、その時に購入したものだそうだ。もう一冊は、晶文社の就職しないで生きるにはシリーズ『花屋になりたくない花屋です』(他にも、早川義夫の『僕は本屋のおじさん』などがある)。この2冊は、いつでも花屋を始めた頃の初心を思い出させてくれる。あとはお母さんからの「花屋さんになって欲しい」という言葉もあった。

「情報を集めるのに手間暇かけていた時代ですよねー。この本も(洋書を指差して)買うまで大変でしたよ。当時は欲しい本の希望を期間内に書いて提出するというスタイルだったんで。雑誌を切り抜いて、ノートに貼って、自分なりの調べもの帖みたいなものも作ってました。今はそういうことないですもんね。スッキリ暮らすとか、片付けとか、物を少なくとかが流行っているようですが、私は相変わらず雑誌も本もなかなか捨てられない。洋服もシンプルで間違いのない服しか売れなくなってきている。今年しか着れない! そんな服が売れなくなって久しいと聞きます。私、洋服は適当なものを着てますけど。何を調べるにも、昔とさして変わらず時間がかかっていますよ。時代は変わっていってるんだって、頭ではわかってはいるんですけどね」
 かつて渋谷にあった“ウィークエンズ”や“文化屋雑貨店”が好きで、お店に足を踏み入れるたびに、ワァーッと心踊っていたと、がんちゃん。その感動を、自分が花屋になったときにも再現したい、そんな思いもあった。今も何度もページをめくる、1991年に文化出版局から発売された『BOUQUETS of COLOR 』は、縄田智子さんと若山嘉代子さんによるデザインチーム“レスパース”によるブーケの本。How toでは絶対に真似することのできない色気のある花選びとスタイリングは、今なお斬新だと、がんちゃんは鼻息を荒く話す。
「教わりようがないものってありますよね。今だったらこれも真似できることがあるかもしれないけれど、26年前ですよ。ほんと、永遠にかっこいいと思える本。ものづくりをする人はこうじゃないと、と思わされた本。何を美しいと思うかを、あらためて考えるきっかけをもらいました」
 もうずいぶんと前に「人生は選択の連続だよ」と敬愛するハワイのおばあちゃんに言われたことがあった。岐路に立ったとき、知らず識らずのうちにどちらか、あるいはいくつかのうちのどれかを選んできたんだろう。でも、そのことはだいたい後になって、「あぁ、そうだったかもしれない」と思い返すくらいだったように思う。がんちゃんは、そのことがこんなにも明確に、はっきりとわかっている。しかもその後ろ盾となってきた本も明確だった。本に支えられ、教わり、励まされてきたこともあった人生。この人の本棚は、きっともっとあるはず、と思っていたら、「寝室にも実は本棚あるんですよ、見ます!?」って、見透かされたようにニコッと私を見て言う。ギャーーーー、一体この人は何なんだ! 




 ロフト的になっている彼女の寝室は、アルプスの少女ハイジの山小屋の寝室を彷彿とさせるラブリーな空間だった。そこにある本は古い雑誌や花の本、漫画などもあったかも。思ったより片付いていたけれど、下に置かれた本棚よりは雑然としていて、私が勝手に思っているがんちゃんのイメージに近くてホッとした。四つん這いになりながら、横並びになっている本を眺めていると後ろからいろいろ話しかけてくる。自分のものを見られているときって落ち着かないから、つい話したくなるのかもしれない。そんな話の中で、心に残った言葉をいくつか。

「私は、拾わなくてもいい球をわざわざ拾いに行っているみたいなんですよ。守備範囲が広すぎだ、と友達によく言われます。でもそれも自分ですからね、付き合っていかないと」


「自分らしさという言葉にざわつきを感じたら、みうらじゅんの『さよなら私』に助けてもらう。これは結構、人にもプレゼントしました。だいたいはこれを読めば解決します(笑)。こだわりに別れを告げれば人生はもっとラクに、楽しく生きられるってことを、あらゆる角度から、さまざまな言葉で投げかけてくれます」


「本当のおしゃれは『あぶない刑事』にあると思うんですよー。窮地の時には馬鹿話をするとかね。そういうのが本当のおしゃれなんじゃないかって思ってるんです」

「幕は自分で開けるもんじゃない、勝手に開くんですよ」

と、挙げていくときりがない。気づけば、私の頭の中のもやっとしていた何かが消え、スッキリ晴れ渡っていた。そして自分のやりたかったことが沸々と湧き上がってきた。あぁ、やっぱり、彼女は私の中で最大のアイドルだ。確信した。

チェ・ゲバラ伝(Amazon) 鈴木いづみコレクション〈1〉(Amazon) チャーミングなおやつ(Amazon) Smile(Amazon) Lee Bailey's Small Bouquets:: A Gift For All Seasons(Amazon) 男の作法(Amazon) 花屋になりたくない花屋です(Amazon) さよなら私(Amazon) エドワード・ホッパー(Amazon) 生きてるだけで、愛(Amazon) BOUQUETS of COLOR(レスパース)


岩﨑 有加
(いわさき・ゆか)
フローリスト他。静岡県沼津市にて「Senbon Flowers MIDORIYA」を営む。詩を書いたり、リーディングをしたりも。普段の会話に名言多し。


Senbon Flowers MIDORIYA

平日 9:00 〜 18:00
日曜 9:00 〜 14:00
火曜定休

〒410-0867
静岡県沼津市千本緑町902
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